愛する君に
父・古代守から嬉しい荷物が届いた翌朝、澪は、少しばかり熱を出した。
澪にしてみれば、「はしゃぎすぎだな」と真田や山崎に笑われたのは少しばかり気に入らなかったが、その大きな手で頭を撫でられたら、そんなことはもうどうでもいいような気がしてしまった。
「少し休んだ方がいいと思うわ」
そう言ったのは柚香だ。双子の男児を育てた経験のある柚香は、子どもらしい澪の悪戯もわがままもたいして気にならないようで、案外おおらかに接していた。「一生無菌室で生きていくわけじゃないんだから、子どものうちに病気にかかっておくことは悪いことじゃないわ」と言って、その健康を心配する真田を諫めたりもしたものだ。
だが、実際のところ、イスカンダル人の身体が地球のウィルスにどんな反応をするのかは罹ってみないとわかないということもあり、いざ澪が熱を出せば付き切りで看病をしていたのも、また彼女であった。
だから、今日もまた、澪のベッドサイドには柚香がいた。
何だか、今日のゆずちゃん、へんなの。
澪はベッドに横になると、ブランケットを顔まで持ち上げながら、こっそりとベッドサイドに視線をやった。柚香は手にしていた本から視線を離すと、ん? と少しばかり首を傾げた。何でもない、というように首をぷるぷると振ると、柚香はにこりと笑って澪を見つめた。
いつもなら「これくらい大丈夫よ」と言って好きなようにさせてくれるのに、今日は「何にもしなくていいからね」とベッドに追いやられてしまった。
熱があるといっても、酷いだるさではない。このまま起きて遊びたいな、と思いつつ再び柚香を見た。
長い黒髪が、柚香の動きに合わせてさらりと揺れた。澪を見つめる伏し目がちの瞳は、濃いめの睫に縁取られている。澪がいつもきれいだと思うのは、その目の色だ。
義父さまと同じなのは、瞳の色が真っ黒なところ。義父さまと違うのは、青いところ。
柚香の目は蒼みがかっていた。「義父さまたちは、頑張りすぎなの」と柚香が笑うように、いつも寝不足気味の真田や幕之内たちの目は、充血していて赤い。それに比べると、柚香の目は蒼みがかった白さを持っていた。それがとてもきれいだと、澪は常々思っていたのだ。
みおは、誰とも違う色なの。
「榛色っていうのよ。とても綺麗ね」
ゆずちゃんが教えてくれた。イスカンダルのお母さまと同じ瞳の色なんだって。
揺れる柚香の髪から微かにオレンジの香りが漂うと、澪はあふと欠伸をした。
何だか、すごくきもちがいい。
ゆずちゃんは、いつもと違って、お話もしてくれないし、おしゃべりもしてくれない。でも、何だかとっても、きもちがいい、よ。ゆずちゃんはね、いいにおいがするの…。
澪がスヤスヤと寝息をたてるまでに、そう時間を必要としなかった。
付き添っていた柚香が、澪の部屋を出たのは午後のティータイムにほど近い時間だった。柚香は、澪の部屋を出る前に壁にあるパネルを確認すると、小さな笑みを浮かべた。熱は下がり、澪が深い睡眠の中にいることをそのデータは示していた。
澪のベッドには、様々な検査機能が付いており、そこに横になるだけで様々なデータを摂ることができた。睡眠学習装置と共に、真田たち天文台の研究員たちが作り上げたものだった。
振り返った柚香は、澪の寝顔に視線を移すとそっと微笑み、部屋を出ていった。