愛する君に
「義父(とう)さま、見て見て! 地球のお父さまが、たくさん送ってくれたの!」
仕事を終え夕食を摂るために居住区へ戻ってきた真田に、澪が嬉しそうに飛びついていった。それをひょいと抱き上げた真田の頬に、おかえりなさい、と澪の可愛いキスが届いた。
今の澪は地球人年齢にして、5,6歳といったところだ。
ただいま、と真田が返すキスは幾分ぎこちない。幼子の持つ産毛の光る桃色の頬が、こんなに柔らかいとは知らなかった。泣いたり笑ったり、くるくると違った表情を見せる澪に振り回されているような気はするが、また、それがこんなにも心揺らすものだということも初めて知ったのだ。
澪は嬉しそうに送られてきた荷物を広げては、一生懸命説明している。
真田にしてみれば、それは既に守と打ち合わせ済みのものばかりだ。何が入っていたのか、今更聞かなくともおよそわかっている。それでもそれをにこにこと聞いてやることくらいは、いかな(唐変木と言われる)真田とて、できないわけではなかった。
荷物の中から、打ち合わせ通りの“こいのぼり”が出てきた。
「あのね。これは“こいのぼり”って言うんだって。お魚がひらひらとお空を泳ぐなんて、びっくりしちゃった」
澪が嬉しそうにそれを手に取ると、鯉のウロコがキラキラと、食堂の証明に反射した。その姿は、この極東地域では誰もが知っているものだ。
その昔は端午の節句に男児の健全な成長を願って、幟(のぼり)をたてたものだが、時代が下ると共に「子どもの成長」を願うものに変化している。
さすがに天を衝くような幟をこのイカルスにたてるわけにはいかず、小振りで可愛らしいものが入っていた。守にしてみれば残念だったろう、と真田は思う。娘の健やかな成長を願い、さぞ、大きいものを選びたかっただろうから。妻を失ったばかりの友人が、どれほどこの幼子を大切に思っているか真田はわかっているつもりだ。
イスカンダル人の血を色濃く受け継いだサーシャは、地球人年齢に換算して17歳までの成長をたった1年で遂げるのだという。くるくると変わるその表情のように、澪は、刻々とその姿をも変えてゆく。まだ赤ん坊だった頃は幾分ゆっくりとした成長速度ではあったが、普通の地球人の赤ん坊が生後初めてお乳以外を口にするという「お食い初め」の頃には、既に赤ん坊ではなく、幼児になっていた。
いつの時代であれ、子の健やかな成長を願わない親はいない。実父である古代守だけでなく、真田も幕之内も、天文台でこの幼子に関わる大人たちは皆、それを心から願っている。
数か月前に失った仲間たちの分も、災いの種になることを許せずにその星と共に散った母親の分も、どうか幸せになって欲しい。
その想いが、いつしか、何らかの形をとるのは自然なことであった。
疾く過ぎゆきてしまう子どもの時間に、少しでも多くの想い出を残してやりたい。普通の子どもたちと変わらぬ想い出をも持たせてやりたい。自分が過ごしてきた日々に劣らぬものを与えたい。
古代や真田のそんな親心は、皆の想いと重なっている。
その拙速な成長に合わせた適切な教育を必要とするサーシャは、昼だけでなく、眠っている間さえも睡眠学習という形で学習を必要とした。何かと忙しい日々を過ごしている。
だが、誰もがその合間をみてはこの幼子を気にかけ、声を掛け、手を掛けた。地球にいたら楽しめるだろうイベントを、でき得る限り、でき得る形で経験させてやりたいと願い、この数か月そうしてきた。
イカルスという小さな世界で、サーシャ=澪は幸せに成長していた。