月明かりの下で

 イスカンダルといえば、近々宇津木さんの処へ連絡しなきゃならんな、と真田は腕を組んだ。
 連邦図書館館長である宇津木仁志(うつぎ・ひとし)は、真田のパートナーでもあった。ヤマトの帰還を待つ間、次代へ向けての動きをまとめ束ねた。ふたりはヤマトが地球を発つ以前から、今日あるを見据えていた。それは真田の現在に大きく寄与している。
 仲間はヤマトで同道した者だけはない。

 真田がイスカンダルから持ち帰った資料は、生半可な量ではなかった。到底軍の資料室だけで処理しきれるものではない。
 その上、異星の技術であり文化である。思考法も分類方法も地球のそれとは全く異質だった。いくら高度な文明技術の資料であれ、使いこなせなくては意味を成さない。
 地球人が活用可能な形にする為に、真田は連邦図書館にその管理補助を依頼した。
 宇津木はそれらを地球の分類に沿って再編することを提案した。そして、それを実際中心となって進めたのが瀬戸柚香だったのだ。

「私はこれらの技術も使えないし、理解もできない。でも、捜し物に辿り着くための水先案内人にはなれると思うわ」
 柚香は瞳を輝かせ、科学局の局員たちと共に嬉々として取り組んだ結果、資料の再編を短期間で終了させた。その手腕の見事さと熱意に敬意を表し、局員達は柚香のことを「資料室の主(ぬし)様」と呼んでいた。
 とはいえ、優秀な職員をいつまでも他部署に置いておく余裕はなく、終了と同時に柚香は図書館へと戻った。

「地球の分類に合わせることが、結果として正しいかどうかはわからないわ。そうすることで見落とされるものが必ず出てくるから」

 去り際の彼女の言葉通り、イスカンダル技術の汎用化が進まない原因は案外その辺りにあるのではないか、と真田は考えている。文化と科学、そして分類といったことに関して、再度意見を交わしてみたかった。
「そのヘンのことは、主様に相談されてみた方が的確な意見が貰えるじゃないですか」
 相談を持ち掛けられた資料室の局員らは、口を揃えてそう言うのだった。

#02

 からんとグラスの氷が音をたて、思索に耽っていた真田は我に返った。
 テーブルに置かれたままのグラスが、結露している。腕時計に視線を落としたとき、扉の開く音と共に客がやってきた。
 久しぶりだねと迎える店主から察するに、常連客なのだろう。奥のカウンタにやってくる途中で幾人かの客と短く挨拶を交わしている男の声が僅かに聞こえた。
 客は真田のいるボックスの向こう側のカウンタに席をとった。

「忙しそうだね」とおしぼりを手渡す店主にむけて「ご無沙汰しちゃったわね」と答えが返る。その声を聞いた真田は動きを止め、目をやった。
 ストレートの長い髪が揺れるすらりとした後ろ姿には見知ったもので、男の大きな背中にもまた見覚えがあった。
 男は宇津木の腹心の部下、村井重(むらい・しげる)。そして、女は柚香だ。
 そのまま立ち上がって声をかけても良かったのだが、何とはなしにそれが躊躇われ、真田は浮かした腰をもう一度下ろした。

 聞き耳を立てずとも、店主と交わしているたわいもない話が漏れ聞こえてくる。
 どうやら職場の仲間が後から来るらしい。「いつものでいいの?」との言葉にふたりが頷くのを確認した店主はグラスを出した後、人数分のテーブル席を作りに移動していった。

    

「お疲れさま」
 ふたりは同時にグラスを傾けた。
「あぁ、美味しい」
 ひと仕事終えた後は格別ね、と満足そうに柚香は笑った。

 科学局の資料整理の後は、本来の業務である自館の資料整理が待っていた。
 ガミラスの攻撃による地下都市への移転とそれに続く不安定な運営、そして再度の地上への移動によって、電子・紙媒体を問わず消失してしまった資料は少なくない。
 何よりも地下都市時代の書籍の放出によるダメージは大きかった。
 未来へ繋ぐため、今日を生きるため。
 エネルギーも物資も不足している中、図書館では様々なデータを可能な限り印刷・製本し、貴重本と謂われるものまでも人々へと放出した。それは、館長・宇津木の英断に他ならない。最期の時が到来するまで、人は知を求め、物語を希求するものだとの信念の許に。
 それは決して無駄ではなかった。
 誰もがそう思ってはいるものの、一度失ったものは戻らない。
 図書館員は皆必死になり、せめてものデータ回復と収集に努め、やっとの思いでそれらの運営を軌道に載せたのだった。

「これで、少しはまともに運営できるかしら」
 柚香が嬉しそうに笑い、グラスを傾ける。その様子を村井が横目でちらと見る。
「最近、何かいいことがあった?」
 何の事かと、柚香は首を傾げた。
「綺麗になったって評判だ」
「誰が?」
 村井はゆったりと笑う。
「柚香サン」
 え? と柚香が目を見開いた。
「何もそんなに驚かなくてもいいだろ? イイヒトができたんじゃないかってもっぱらの噂さ」
 村井はにやりと笑みを浮かべた。

背景:「clef」様、「Dream Fantasy」
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