月明かりの夜に
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代はイスカンダル帰還後の地上。
真田志郎の恋愛譚です。
木の扉に手をかけると、ぎぃと音を立てた。
古ぼけた煉瓦の壁に、厚い古木の扉。壁の小さなランプが「ブルームーン」という店の名を僅かに浮かび上がらせている。
いつもより幾分早めに仕事を切り上げた地球防衛軍科学局局長・真田志郎は、その扉を開けた。
懐古趣味と言えばそれまでだが、近頃はこういった造りの店が流行っている。味気ない地下都市での生活から開放された反動だろうか。最新の設備を備えつつ も、内装には木や石等の自然物、或いは、その模造品が使用されていた。
古いジャズが流れる店の中は適度に照明が落とされ、なかなかいい雰囲気だ。
カウンタと緩やかに区切られたテーブルがいくつかあり、およそ半分の席が埋まっている。中には若者のグループもあったが騒がしくもなく、皆ゆっくりと酒を楽しんでいるようだった。
真田は店の中を一瞥すると、入口近くのテーブルを抜け、奥に続くカウンタを見渡し、その手前のテーブル席に腰を下ろした。
観葉植物の絡んだラティスで区切られているため、こちらからは店内が窺えるが、逆は死角になっていた。無意識にそういった場所を選んでしまうのは、習い性といえた。
真田は少々のつまみとバーボンをロックで頼むと、ホッとひと息ついた。
真田は椅子に身体を預け、心地好い音楽に耳を傾けた。
時折シャランと爪弾かれる音が、遠い星を想起させる。
一年前、命を懸けて辿り着いたのは、美しく清浄な死にゆく星だった。
気高い女王に迎えられ、未来をこの手に掴み、そして、思いがけない友との再会を果たした。
それは、宇宙戦士訓練学校で出逢い、光無き未来までをも共にしようとした男・古代守。
だが。
古代は、故郷も弟も捨て、愛する女を選んだ。
その選択を古代らしいと肯定しつつも、真田は、己れならば、と問わずにはいられない。
幾度となく重ねた問いを、再考する。
答えはいつも同じだった。
俺にはできんな。
そう思うのだ。
たとえ、ヤマトの工作班長という立場ではなく、己が古代守であったとしても、だ。
愛に未来を懸けることも。
この双肩にかかった責務を投げ出すことも。
ましてや、ひとりの女の想いに応えることも。
自分には何ひとつ選ぶことができない。
俺は弱い人間だ。
真田は自嘲の笑みをもらした。
やがて、琥珀色の酒を流し込むと、別件へと思考を切り換えた。
考えねばならないことが山ほどあるのは、悪いばかりではなかった。