約 束


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 いつのまにか時は過ぎ、口をつけないままにカフェオレは冷たくなっていた。
「早春に咲くこの小さな植物たちを、スプリング・エフェメラル――春の儚い命、と呼ぶんだよ」
 そう教えてくれたのはあの人みなとだった。
「知っていたかい? この《星の瞳》とも呼ばれる瑠璃色の小さな花――オオイヌノフグリはね、 1日でその生を終える。毎日、ボクらの足下で咲き続けているように見えるけど、このコに逢えるのは今日限りなんだよ。 同じ時は二度と訪れない」
 低く柔らかな声で穏やかに話すあの人は、もうここにはいない。二度と時は還らず、その声も聞くことはできない。
 
 そして、貴女みおも――。
 季節は巡り、桜は毎年花を咲かせるけれど、一緒に見るはずだった貴女はいない。 結局、再び地球の大地を踏むことなく、貴女は。
 
 「約束は、きらいよ」
 小さな呟きを残して、柚香は立ち上がった。冷たくなったマグを手に、もう一度温めようとキッチンへ向かう。
 
 チリン、と来客を告げる鈴の音がした。
あら、誰かしらと首を傾げた。
 彼女の飾らない性格のためか、この家は来客が多い。突然、友人が遊びに来たり、近所の人がお裾分けにと 何かを持ってきたり、散歩がてらお茶を飲んでいったり、下校途中の子どもたちが寄り道をしたり。 都市化されていく歳月の中、一時は廃れたかにみえた“人の付き合い”というものが、繰り返される 戦いの中で復活されつつあった。非日常的な極限に近い生活の中、人はひとりでは生きていけないものなのだろう。 平和が訪れたときに、それがどう変化していくかはまだわからないが、現在は、 まだ戦時中の気分と付き合いが生活に刻まれていた。
 柚香が首を捻ったのは、玄関のベルが鳴ったからだ。親しい人たちは、玄関を通さず庭から 入ってくることがほとんどだった。「はい?」インターホンを通してそこに映ったのは。
 
桜アイコン

 「まぁ、加藤くんじゃない!」
 びっくりして慌ててドアを開けた。加藤四郎――名だたるヤマトの戦闘機隊隊長。 現在は月基地の副司令だったか。だが、柚香にとっては、イカルスで生活を共にした懐かしい仲間であった。
「こんにちは。お久しぶりです。ご無沙汰しちゃってすみません」
 ぺこり、と加藤は頭を下げた。
「びっくりしたわ。もうすっかり立派になっちゃったわね。地球こっちにいるとは 思わなかったもの。みんなも元気?」
寒かったでしょう? さあ、上がってちょうだい、美味しい珈琲があるのよ。と招き入れようとするも。
「すみません。今日はこれから月へ帰らなきゃいけなくて。ゆっくりしていられないんです」
 申し訳なさそうに、もう一度頭を下げる。
「あ、あら、そうなの。それは残念だわ。それじゃ、幕さんか志郎に何か用事でもあった?  ふたりとも今はいないのよ」
「いえ、違います。柚香さんに――これ」
 首を傾げる柚香に、加藤はおずおずと手にした包みを差し出す。
「なあに? 私になの?」
「えぇ。美味いのが手に入ったので――。あの。今度はオレも一緒に食いに来ていいですか?」
「もちろんよ。いつもで来てちょうだい。待ってるわ」
 にっこりと笑った顔が本当に嬉しそうで、加藤は、内心、来て良かったと思った。
じゃぁと言って、三度頭を下げる加藤を、柚香はありがとうの言葉で送った。
 
桜アイコン

 (一体、何かしら)
 首を傾げながら、重くもない、片手で軽々と持てるそれの包みを開いた。出てきたのは、串団子。 みたらしとつぶあんのそれは、5本ずつ紙に包んであった。
(覚えていてくれたの――)
 柚香の唇が小さく震えた。加藤だとて、辛くないわけはなかったはずだ。澪を妹のように可愛がり、 面倒をみていた。一緒に帰れなかったことをどれほど悲しんでいたか、知らない柚香ではなかった。
「加藤くん。ありがとう」
 言葉と一緒に、潤んだ瞳から滴が零れそうになったとき、ちりん、と再びの来客を告げる音がして、 柚香は慌てて目頭を押さえた。
(今度は誰かしら)
と、思ってみれば。宅配の業者が帽子をとって待っていた。
 
桜アイコン

――みんな
 キッチンのテーブルの上は、届いた荷物でいっぱいになってしまった。藤咲からは、真っ赤に熟れた苺が。 当時訓練生だった加藤の同期生たちからは、それぞれにお団子がたんまりと届いた。
「山崎さんたら――」
 思わず苦笑したのは、《飲み過ぎ防止のため、7合瓶で》と書かれたカードと一緒に枯山水が送られてきたからだ。
 そして、今度こそ涙が零れようかという時に、がらり、とキッチンの扉が開いた。
「志郎――!」
 びっくりしてしまった。真田はデザリウム戦の後、重核子爆弾の処理やら占領施設の後始末やら、 休む暇もなく働き続けている。ふらり、とやってきては崩れるように眠り込み、朝になると出かけてゆく。 そんな日々を送っていたから、何時やってこようとも驚いたりはしなくなっていたのだけれど。 今日ばかりは、あまりのタイミングに驚いてしまった。


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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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