「加藤くん、気にしなくていいのよ。この人たちは特別なんだから」
と続ければ。
「柚香さん! どーして、教官たちはこんな専門外のことまで知ってるんですか? そりゃ特別なのは知ってますけど・・・」
これだけの少人数で全ての訓練をこなす教官たちの能力の様は、そばで見てきてよく知って はいる。でもそれにしたって、と思ってしまう訓練生たちであった。
「経験の差だね」
少し離れた場所に腰を下ろしていた山崎が口を開いた。 真田らは遊星爆弾の被害を受けていない時代を、地上で過ごしている。実物を身近に見て暮らすのと、 記憶にある歳にはすでに地下都市での生活となり、植物園や図鑑でしか見たことがないのとでは大違いだ。
しかも、このふたりは特別なのだと柚香は重ねる。
「加藤くんは、里山の研究家として名高い楠木宗一博士の名前は聞いたことがある?」
柚香の問いに、加藤は首を振った。
穀倉地帯の管理・研究においても第一人者である博士は、実は真田の祖父である。 そこで一緒に暮らしていた真田がそういった事に詳しいのも当然のこと。 また、幕之内にしてみても、兄弟同然に育った幼なじみ―瀬戸湊 は、植物研究家であった。料理人である幕之内が興味を示さないはずがない。 結果として、2人ともに一見すると関係なさそうな知識まで持っていることになるわけだ。
「でも、柚ちゃんもお花のことはよく知っているよね?」
澪が素朴な疑問を口にした。所謂“一般人”の柚香も、これについては詳しかった。
「あぁ、ごめん。私は家族に植物学者が多かったから。でも、一応知ってるって程度だけどね」
一体、何て集団だろう。もう口を開くまい、と思った加藤が肩を落としたとき、 一陣の風が舞い、映像が変わった。
う、わぁ、と誰もが息をのんだ。
見渡す限りの、一面の桜。
空を仰ぐと、高い梢からほんのりと紅く染まった花びらが落ちてくる。 雪が降るように、はらはら、はらはらと舞い落ちる。その光景に、誰もがほぉと息を洩らした。
「よぉし。弁当にするぞ」
幕之内の声に弾かれたように、がやがやと支度が始まった。それぞれが適当な場所に腰を下ろし、食事が始まる。
「義父さま。この卵焼きは私が作ったのよ」
隣りに座る義娘に差し出された卵焼きを、真田は口に運ぶ。
「うん、美味い。澪は料理が上手だな」
「本当? 嬉しい。あ、加藤くんも食べる?」
澪に勧められた加藤が、嬉しそうに礼を言った。
ソメイヨシノの薄いさくら色の花びらが、舞うように降り積もる。 山桜の濃いピンク。八重桜もある。少し離れたところには、大きな垂 れ桜が豊かな枝を垂らしていた。
はらはら、はらはらと桜が舞う。
賑やかな食事が済むと、誰ともなしにゴロンと横になり。教官連中は、 ちびりちびりと杯を傾けていた。
――みんな、穏やかな顔つきになった。
座ってまわりを見渡し、柚香は、そう感じていた。
ここイカルスへ赴任したのは、あの白色彗星との戦いからそう時間が たっていない頃のことだった。誰もが癒えない傷を抱え、それでも、立ち止まることなく生き抜こうとし。 けれど、逝ってしまった仲間を悼み、生き残った己れの罪と責務に苦しんでいた。
そんな辛さを救ってくれたのは、ひとりの小さな赤ん坊だった。その無垢な魂と微笑みが、 少しずつ彼らの傷を癒していった。
――澪。あなたの笑顔が、みんなを救ったのよ。
義父に寄り添うようにして眠る澪の姿はすでに、父娘というよりも、 まるで年の離れた恋人同士のようも見え、柚香は小さく苦笑した。
ふと見れば。杯を口に運んでいた真田が、舞い落ちる桜の花をじっと見つめていた。