約 束


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 「昔、な」
 真田は口を開いた。
「まだ、訓練生だった頃、夜桜で一杯やったことがあった」
「そういや、そんなことがあったな。あれは――、そうだ。2年にあがる頃だったな。古代と3人でだろう?」  幕之内が答えた。
「あぁ。確か古代のヤツが『ソメイヨシノよりヤマザクラの方が風情がある』とか言い出して」
「そうそう。確か、『ソメイヨシノは確かに綺麗だが、皆同じでつまらん。それよりも、ヤマザクラの 方が俺は好きだな。ひとりで立って咲く気高さを感じるよ』とか言ってたよな?」
「確かに、1本1本が個性的なヤマザクラやヒガンザクラに心惹かれる人は多いようだね」
と、山崎が口を挟んだ。


 「桜の原点は、ヤマザクラ・ヒガンザクラ・オオシマザクラの3つって言われてますものね。 でも、幕さんはソメイヨシノが好きでしょう?」
「おう、そうだ」
「ソメイヨシノが生まれたのって、1730年頃だったよね? 確か、広く植えられる ようになったのは19世紀も終わりの頃だったと思ったけど」
「あぁ。エドヒガンとオオシマザクラの人工的交雑種だと言われている。 一時、伊豆半島発生説というのもあったようだが」
「ソメイヨシノって、普通接ぎ木とかの栄養繁殖によって増やしたものでしょう。 だったら、条件が同じなら同じ日に咲くのは当たり前よね。だから、開花時期の予想もできるし、 “桜前線”なんてものまであるわけじゃない? 人工的だって言ってしまえば味気ないかも知れないけれど、 人と花との共生とも言えるんじゃないかな」
「もともとこの地域は、農耕民族だからね。古代より、桜は“田んぼの神さまがその年の作柄 を教えてくれているもの”と考えられていたのだろう。人の生活と密接に関わってきた花だね」
「そうなんですよ。人が時間と手間をかけて、培ってきたものでしょう。それだけの想いを込めて作ってきた、 というか。60年と言われたこの木の寿命を延ばしてきたのもそうですしね。まぁ、それにあの散り際の美しさは、 なかなか他にはありませんし」
 幕之内が山崎に顔を向け、嬉しそうに語っている。
――どうしてこの人たちは…と、もう口を挟む気にもなれず、寝たふりをするしかない加藤だった。


 「真田くんはどうなんだね」
 静かになった真田に、それまでずっと黙って呑んでいた山南が水を向けた。
「やはり、ヤマザクラが好きなのかね」
「いえ。私はどれでも…」
 苦笑するように答えた。
「どれでも? 桜には興味がないのか?」
 いえ、そうじゃありませんが、と真田は空を仰いだ。はらはらと、花びらが舞い落ちてくる。
「どの花がということよりも、多様性が大事なのではないかと」
「ふむ。多様性に富む種というものは生存の確率も高くなるものだからな」
「えぇ。私はどの種類がというよりも、私には私の1本がありますのでそれでいいんです」
 視線を向けた先にある木を、懐かしむように真田は見つめ。次いで、柚香を見やった。なあに?  と言いたげに小首を傾げた柚香は、招かれるままに移動した。そっと隣りに腰を下ろすと、 真田は柚香の膝に頭を乗せた。そして、まぁ、とくすくす笑う柚香を見上げる。


 「柚香くんは、どうなんだい?」
 そんなふたりを微笑ましく思いながら、山崎が尋ねれば。
「そうですね。私はどの桜でも」
とにっこりとする。
「真田くんと同じなのかな?」
「そんなんじゃありませんよ」
 山崎との会話に口を挟んだのは、幕之内だ。違うのかい、という表情を山崎が見せると。
「コイツは“花より団子”の口ですよ、山崎さん。呑んで食えりゃ、何だっていいんです」
「――そういう言い方は、ちょっとひっかかるんだけど。まぁ、そういうことですね。きれいな お花と楽しい仲間と美味しいご飯とお酒。できれば日本酒――《枯山水》あたりをゆるりと 人肌で。なんて最高じゃありません?」
という答えに、そこここから、賛成だな、という声が洩れてきた。そして、酒と桜へと話題が膨らんでゆく。


 ふと、真田が言った。
「今度の春には、皆で一緒に花見に行こう」と。
――そうね。今度の春には、みんなで本物の桜を見にゆきましょう。夜桜で一杯やるのも、おつなものよ。
 柔らかな風が頬を優しく撫で、黒髪がさらりと揺れた。


けれど――

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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