約 束


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 「今は、芽吹きの前の季節だな」
 真田の目前には、懐かしい里山の風景が広がっている。それを知る者は少 ないが、そこは彼が幼少時を過ごした場所であった。
 下草が刈られ、落ち葉が集められた雑木林には、枯れ草色の地面が広がっていた。 の光で温められたそこには、薄紫のタチツボスミレや淡い黄緑色の 花を咲かせたシュンランが。そして、このひとときに一斉に花を咲かせるカタ クリが地面を紅く染めている。早春の植物が慌ただしく花を咲かせているのだ。


 「この空色の小さな花をつけているのがフデリンドウだ。こちらの朱赤色の あざやかな花はクサボケ。ひときわ目立つこの黄色い花はミツバツチグリだ。
 陽当たりの好い田んぼ周辺のあぜには、オオイヌノフグリが瑠璃色の花をつけて いるな。別名ジゴクノカマノフタと呼ばれるキランソウは、地面に張り付くよ うにして紫色の花を咲かせているこれがそうだ。紫の花はホトケノザ、白い 十字架状の花をつけているのがタネツケバナだ。
 ここの小川は、一年を通してほぼ一定の水温に保たれているが、ドジョウや サワガニ、カワニナなどの貝がそろそろ活動を始める時期だ。メダカやカエルも、 じきに動き出すぞ」
 真田が林を振り返れば、コブシが白く浮き立つように花をつけて、春の訪れを告げている。
「この花が終わる頃に、ヤマザクラが若葉に先駆けて、淡桃色の花をつけると――」
「当に春だな」
 真田の説明に、幕之内が目を細めて相づちを打った。
「気持ちいいわねぇ」
 柚香が両手を上に伸ばし、気持ちよさそうに伸びをした。
「草の匂いがするな」
 ふと笑った山崎が、真田を見やった。
「まぁ、それくらいのバージョンアップはあってもいいかと思いましてね」
義父とうさま。とっても素敵ね!」
 義娘むすめに抱きつかれた真田の顔がほころんだ。


桜アイコン

 ここは、ヤマト艦内のイメージルーム。
 イカルスでひっそりと育てられたサーシャ=澪の成長も、そろそろ落ち着きを 見せ始めていた。16歳という、今まさに蕾が開いてゆくかのような年頃である。 その澪が「お花見って楽しいの?」そう言ったのが、そもそもの始まりだった。 今は、まだ桜の季節ではなかったし、たとえその時期だったとしても、ここイカ ルスに桜はない。それならばと、義娘のために多忙の身を削って真田がプログラム したのが、この映像だった。そして、どうせならみんなで…ということになり、 幕之内が腕を振るうことになった。

 訓練学校の校長を務める山南、教官である山崎、幕之内、真田、そして、澪に柚香。 それから訓練生と天文台の研究員たちが数名。床にシートを広げ、お重を並べて大宴会、 とはさすがにいかなかったが、半日ほどは任務を離れる時間を作ることができた。


 「ねぇ。この黄色いお花はタンポポでしょう?」
 つつと駆けていった澪が、道端にしゃがみ込んだ。
「あぁ。そうだね」
 訓練生の加藤四郎が、同じように隣りにしゃがみ込み、答えた。
 澪はこの2か月ほど、特別生として加藤たちとともに訓練を受けている。 もっとも、さらに数か月遡って、その成長の秘密を知っているのは加藤をはじめ数人だけだったが。
 澪は、嬉しそうに揺れる花を見つめた。
「これはナズナよね?」
 小さな白い花をつけた草を指差し、加藤を振り返った。
「え? えーとね…」
「そうだな。春の七草のひとつだぞ」
 口ごもる加藤の背後から、幕之内が答えた。
「スズナ、スズシロ、ホトケノザ。ゴギョウ、ハコベラ、セリ、ナズナ。だよね?」
 澪が振り返って、幕之内に確認を求めた。生まれて1年足らずの澪は実体験こそ少ないが、 知識の方はわんさと蓄えている。
「ペンペングサ、とも言うわね。よく見てごらん、澪。葉っぱが小さな ハートの形をしているでしょう?」
「えぇ、本当ね! 可愛い」
 柚香も嬉しそうに目を細めた。
「それをね、皮を少しだけ残して、葉っぱを少しずつ引いていってね。 茎を持って回すと、シャラシャラ音がするのよ」
「へぇそうなの?」と澪は興味津々だ。


 「こっちのはシロツメクサでしょう? 確か、昔荷物を運ぶときにこれを詰めた からツメクサなのよね? これで花冠を作ってみたいの。きっと素敵だと思うんだけど。
 あ、これは?」
 どうやら澪の知らない花があったらしい。彼女が指差したのは、ピンク色の花。 真ん中に黄色い雄しべが集まり、そのまわりに細い糸のような花びらがたくさんついている。
「それは、ヒメジョオンだよ」
 今度は、とばかりに加藤が答えた。
「加藤くん、よく知っているのね」
「これくらいはね」
 澪が瞳をキラキラさせて見つめると、ちょっと照れたように加藤が笑った。
「残念だったな。これはハルシオンだよ、加藤」
 えっ? と加藤が驚いて、背後に立っていた真田を振り返った。
「ほら、よく見ろ。葉が茎を抱いているだろう? ヒメジョオンは、葉が茎を 抱かないからな。まぁ、もっと簡単に見分けるのに、茎を折ってみて中空なら ハルシオン、中実ならヒメジョオン、という見分け方もあるんだがな」
「別名、ビンボウグサとも言う」
 真田の説明に、幕之内が付け足す。面目丸つぶれの加藤が唇を噛んだ。
「どうして、教官たちはそんなに詳しいんですか!?」
 加藤の問いに、真田と幕之内が顔を見合わせる。不思議そうな顔をして。
「「これくらい、常識だろう?」」
 そう言われて、がっくりと肩を落とした加藤である。

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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