珈琲を飲み終えた古代は、立ち上がった。司令本部へ顔を出す時間だ。
廊下へ出ると、ポッと頬を染めた女性事務員と挨拶をしてすれ違う。 先の廊下で立ち話をしていた部下たちが、その姿を認めると、ビシッと敬礼をした。 彼らは、この見目麗しい参謀の、優しいだけではない一面も知っている。
何しろ、ヤマトが訓練航海を終え地球へ帰還するまでには、
「古代進艦長代理は、オニだ。でも、その兄貴はオニ以上の閻魔大王だった」
という事実を、何を今更な同期以外の連中が思い知るに至ったのだから。 勿論、閻魔大王のオトモダチは、やはり閻魔大王なのだ、という事実にもまた気が付かされるのだが。
古代は笑みを浮かべ、彼らの前を通り過ぎた。
司令室に足を踏み入れた途端に、警戒音が鳴り響いた。古代は、床を蹴って駆けだした。
とうとう、あれがやってきたのだ。
その表情が引き締まる。
できることは、やった。絶対防衛ラインを構築し、無人艦隊を配置し、ヤマトは友に預けた。
だが、一体それがどれ程通用するだろうか。波動砲さえも跳ね返したあの敵に。
その不安を拭い去ることはできないが、それでも、やらなければならない。
できない、と言うことはできない――。
古代は、ふと笑みを浮かべた。
弟も、友も、この惑星の運命を背にして、今までそうして戦ってきたのだ。 俺にできないはずはない。やらねば、ならないのだ。
司令室は、悲鳴が飛び交っていた。
絶対防衛ラインは次々と突破されてゆく。届けられたデータは予想以上の酷さだ。 先程顔を合わせたばかりのユキが、緊張した面持ちで長官の隣りに控えているが。 その落ち着き振りは、さすが“ヤマトの森ユキ”である。
「長官――!」
「古代! とうとう来たか――!」
二度の危機を乗り切ってきた老練な軍人の眉間に、深いしわが刻まれていた。
「古代参謀! 古代艦長から連絡が入りました!」
「古代くん!」思わず、ユキが叫んでいた。
必ずこの惑星を守ってみせる。
長く苦しい戦いが、今、始まりを告げた。
スターシア。
星の輝く宇宙に浮かぶ姿に、古代は呼びかける。
暗闇に浮かんだ白い手は、凍えていなかった。
俺の手を振り払うことも忘れ、驚いて俺を見つめる君に問えば。
「――スターシア。私は、イスカンダルのスターシア」
君はそう答えた。
朦朧とし、混濁する意識の中で、白い雪女は姿を消し。
次に目覚めた時には、スターシアという名の美しい女性に変わっていた。
「守――」
俺の名を呼ぶ、あどけないばかりの君が好きだった。
スターシア。
雪が溶けるように逝ってしまった君。
君は、君の人生は幸せだったかい?
僕は、君と出逢えて幸せだったよ――。
fin.
03 AUG 2009
03 AUG 2009