Snow Fairy

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 虚ろな目で娘を見つめる古代を、佐渡は覗き込むようにじっと見つめ。 そして、まぁ、ここじゃなんだから、ちょっとこっちへ来いや、と自室へ招き入れた。
 自室、と言ってもそれは医務室内にある、ほんの六畳ばかりの畳敷きの部屋だ。 佐渡は敷いてあった布団を手早く畳み、部屋の隅に片付けると、小さな卓袱台を出し、 古代にも座るよう勧めた。そして、自分は戸棚から出したコップになみなみと 酒を注ぐと、一気にそれを飲み干した。
 ぷはっ、とアルコールの息を吐くと、上機嫌の顔が赤くなった。
 
 「おまえさん、“一口二嬶三子に四親五に兄弟“というのを知っとるかね?」
「いちくちにかかさんしにしおや――?」
 古代は首を振る。
「わしが子どもの頃に、じいさんから聞いた言葉なんじゃがのぉ。 自分に近い順、大切な順を表すんじゃそうじゃよ」
 佐渡は、もう一杯酒をついだ。
「一口、というのは自分のことじゃな。二嬶とは、連れ合いのこと。 三に子ども、四に親。兄弟は五番目じゃそうな。戦いのない、平和な時代のことじゃが、 それは何時の時代でも変わらんものじゃろうて。親を亡くして悲しまん子がおらんように、 連れ合いを亡くせば誰しも辛いもんじゃよ」
「一口、二嬶、三子に四親、五に兄弟――」
 古代は口の中で呟いてみた。
 それにのう、と二杯目の酒を飲みながら、佐渡は続けた。
 
 「一番声高に叫ぶ者が、正しいことを言っとるとは限らんじゃろう?  大声で泣く者ばかりが、悲しんどるとは限らんのじゃよ。その深さも、 表し方も、感じ方も、皆、ひとそれぞれじゃ」
「先生――」
「なぁに、その時が来れば、ちゃんと泣けるようになっとるもんじゃ。 おまえさんには、まだその時が来とらんだけじゃよ。何も心配することなんぞない。 人生大先輩のワシがそう言うんじゃ、間違いはないよ」
 三杯目をあおった佐渡の、如何にも自信たっぷりなその様子に、 古代はふと笑みを浮かべた。小さいけれど、虚ろではない笑みを。
 
ハートライン
 
 「先生のご家族はどうしていらっしゃるんですか?」
 少しばかり、人心地を取り戻した様子の古代が尋ねた。
「ヨメは、わしが28の時に先に一人で逝ってしもうたよ。それ以来、みぃくんがわしの家族じゃな」
 みゃぁ、と傍に寄ってきたみぃくんを優しく撫で、しんみりとした口調でそういうと。
「ヨメとは駆け落ち同然じゃったがの」と、小さな目でウインクをひとつしてみせた。
 そして、おもむろに入り口の扉へ顔を向けると言った。
 「おい、こら。そこにおるふたり。わしのありがたい話を聞かせてやるから、 そんなところに突っ立っておらんで、つまみでも用意してこんかい」
 佐渡の言葉に驚いて、古代が振り向くと、すごすごといった様子で幕之内と真田が入ってきた。
 
 「いや、びっくりしましたよ。私は、てっきり先生のお相手は、生涯みぃくんだけかと…」
 にやにやとしながら、幕之内が畳に上がり込む。
「もっとも、昔話に証人はいませんからねぇ」
と言えば、なんじゃと、とむっとしてみせる佐渡に、用意してきた器を開ける。
「ほら、先生、つまみは用意してきましたからね。そのありがたいお話とやらを 聞かせていただきますんで、是非、ご相伴させてくださいよ」
 ちゃっかりコップまで用意している幕之内である。ぶつぶつと文句は言いつつも、 その料理を食べたさに、佐渡がコップに酒を注いだ。
 
 「先生。勤務中の飲酒は服務規程違反ですよ」
 そう言いつつも、真田もコップを差し出した。ふん、と口を尖らせながら佐渡が酒を注ぐ。
「そういう堅いことばかり言っとるから、いつまでたっても、結婚の申し込みひとつできんのじゃよ、技師長」
 にやり、とした佐渡の言葉に真田は飲みかけた酒を吹き出した。
「な、何を、先生。いい加減なことを――」
 慌てる真田を後目に、佐渡は自分のコップを傾けた。
「若月くんは、わしの後輩じゃからのぉ」 ふほほほ、知らなかったじゃろう?  と愉快そうに笑う佐渡を前に、真田は完全に言葉になくした。真田が全幅の信頼を置き、安心してその義肢を預ける医師を若月という。
「ほらほら、先生。こんな木偶の坊のことなんて放っておいて、先生のロマンスを聞かせてくださいよ」
 幕之内の言葉は、フォローになっているんだかいないのかよくわからなかったが、佐渡は、それもそうじゃの、 と機嫌をよくして昔語りを始める。
 こほん、と咳払いをひとつして、体勢を立て直した真田が、一升瓶を手にし。
「ほら。おまえも呑めよ」
と、古代のコップに酒を注いだ。
 
 
 ぽたり、と涙がひとつ落ちた。
 悲しいわけでは、なかった。スターシアがいなくなってしまったことが、未だ実感としてわかない。
 ただ。慰めの言葉ひとつ言わない友らの優しさが、身に染みて。古代は涙をひとつ流した。
 
 「わしの家は、代々、小さな医院をやっておってのお」
 佐渡の昔語りに、夜は更け。その姿からはちょっと想像し得なかったロマンスに彩られた人生を、 三人は胸に刻んだのだった。
 
ハートライン
 

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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