Snow Fairy

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 カタタ…と滑るようにキーを打つ音が部屋に響く。大柄なこの男には似つかわしく ないようにも思えるほど、その音は軽い。ふと手を止めた男は、眉根を寄せた。 モニタの数字を見つめながら、机に片肘をつき顎に手をあて、何やら考え込んでいる。
 その何気ない所作が、まるで映画のワンシーンのようだ。この男の行くところ、 性別を問わず衆人環視の的になるのは無理からぬ話、と思わせるだけの雰囲気があった。 地球防衛軍にこの人有りと謳われた、若き参謀古代守である。
 
 トントンと執務室の扉をノックする音がした。古代は手許のモニタの画像を素早く切り替えながら、返事をする。
「秘書室の森です。古代参謀、よろしいでしょうか」
 扉越しの美しい、けれど隙のない声に、古代はふっと笑みを作る。 どうぞ、という返事と共に扉を開ける操作をすると、美しい女性が入ってきた。
「お忙しいところ失礼いたします。明日のご予定をお持ちしました」
 秘書官であることを示す白い制服に、所属を表す赤いスカーフを着けた彼女は、 誰もが振り返るといわれる花のかんばせに加え、 その脚線美をも惜しげもなく晒している。防衛軍では、というよりも全地球的規模で 知られる“ヤマトの森ユキ”である。
 ユキは躊躇うことなく古代のデスクの前まで進み、桜色の爪の先までも美しいその白い手で書類を差し出した。
 
 「ありがとう。変更はあるのかい?」
 華やかな外見に、豊かなその声。弟である古代進とはまた違った魅力で 人を惹きつけずにはおかない。そして、更に華やかな噂に縁取られたこの男が、 実は、ずっと誠実な人間であることに、一緒に仕事を始めて間もなくの頃、ユキは気付いた。 勿論、噂以上のその能力にも、だが。“スペースイーグル”の異名をとったその戦闘能力以上に、 人間的に奥の深さを持つ男であった。
「はい。打ち合わせが2件追加になりまして。詳細はそちらに――」
 ユキの返答に、古代はしかめ面を作って見せた。
「ということは、だ。また、私は休憩なしということかな?」
 戯けて首を傾げる仕草さえも、様になる。秘書室の皆が、この有能な参謀に 夢中になるのもわかろうというものだ。ユキは古代が書類を確認している間に、 用意してきた珈琲を淹れた。“ユキの淹れる破壊的な珈琲”がヤマトで話題になったのも、 今は昔の思い出話である。美味しそうな香りが漂うと、古代は顔を上げた。
 
 「君も忙しいのに、いつもすまないね」
 礼を言われ、ユキは首を振った。
「いいえ。こんなことくらいしか、できませんもの」
 モニタ越しの連絡で終える用件を、わざわざ執務室まで足を運んでくるのは、 この忙しい参謀へのユキの心遣いであることを、古代も承知している。 数年ぶりの軍への復帰、そして、参謀という新たな職務についた古代にとって、 この有能な秘書官の補佐がどれほど有益であったことか。“ヤマトの森ユキ”は、決して伊達ではなかった。
「進は今日帰還するんだったね」
 守の声に甘さが混じる。婚約者の兄としての顔になっている。
「はい、予定通りならば――」
 ユキの顔も晴れやかになる。
「迎えに行くんだろう?」
「えぇ、予定通りに仕事が終われば」
 今度は少し頬を染めて。けれど、ちょっと悪戯っぽく笑ってみせた。
 
 そんなユキの姿に、守はふむと腕を組んだ。そして、森くん、と改まって声をかける。 ユキも、少し緊張した面持ちで、はい、と答えると。
「進の我が儘に、いつまでも付き合うことはないんだよ。こだわりや、 しがらみなど気にすることはない。――早く、結婚しておしまい。 時は、いつまでも、そのままでいてくれはしないのだから」
 守の言葉に、ユキは染めた頬に一瞬戸惑いを重ね、はい、いいえ、と正反対の答えを並べた。
 
 白色彗星戦の後、ユキと進の婚約期間が延長されたことは、進の我が儘のためではない。 二度の大きな戦いを経て、ふたりが選んだ決断だった。
 だが。ユキは、古代守の言葉に考え込むのだった。
 
 古代守は、唯一人生き残った肉親である弟も、命を懸けて戦い守ろうとした故郷も、 そして、軍人としての矜持さえも捨て、ただ愛する女性ひとのために ひとりイスカンダルに残った男だ。そして、その彼が愛娘ひとりを連れて、地球に帰ってきたのは1年前のこと。
 確かにイスカンダルは未来のない、滅びゆく星ではあった。だが、古代守とスターシアが 幸せを育むほどの時間は残されていたはずだったのに。それさえも、奪われた男は。
 
 結婚とは何だろう、とユキは考える。
 古代進を愛している――それは、真実、胸の中にあるとしても。だからこそ、 結婚してもしなくても、自分と古代の関係は変わりはしないと信じていられる。 ならば、せめて戦い散った仲間の喪が明けるまで、この星に平和が訪れるまで、と。 自分たちだけが幸せを築くことに、躊躇いがあり。
 けれど、それは自分たちの自己満足に過ぎないのではないか。自分たちが結婚し、 ひとつの家庭を育むことで報われる魂もあるのではないか。
 そうも思い始めたユキは。自分と古代進の結婚が意味するものを改めて考えてみるようになっていた。
 
 「明日の変更は了解した。移動の車の手配を頼む」
 そんな曖昧なユキの笑顔に終止符を打つように、古代が短く告げると、 ユキは表情を引き締め、返礼をすると執務室を辞していった。
 
 古代は冷めかけた珈琲を手にした。
 カップに添えられたユキの手を思い出す。白く、美しい手だ。そのなめらかな動きも、 たおやかと形容することに躊躇いはない。だが、彼女の手はそれだけではない。 コスモガンを持ち、戦う手だ。厳しさをも兼ね備え、地球を守ってきた、手だ。 だが、それは命を奪うためのものではないだろう。
 雪女ではないな、と古代は小さく笑った。
 
 ――先生。俺は、まだ、泣くことができないままです。
 
石榴イラスト
 

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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