Snow Fairy

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 暗闇の中、ふと気が付けば、目の前には娘がいた。
 まだ、立つことさえもできない娘がそこに眠っている。己れの全てを、ただ、父親ひとりに預けて。
 白い肌も、金の髪も妻によく似ている。閉じられたはしばみ色の瞳は、妹姫譲りだという。 イスカンダル王家の血を、色濃く受け継いだ娘。
 その娘は、スヤスヤと健康的な寝息をたてて、安心して眠っている。
 
 お前は、何故、安らかに眠っている? 母親がいなくなったことに、気が付いていないのだろうか?  いや、そんなことはあるまい。いくら、ユキがサーシアに似ていると言っても。
 では。では、この娘に哀しみはないというのだろうか?
――俺と同じに?
 古代守は、奇妙に顔を歪ませた。
――逝ってしまった人のために、伴侶である俺も、娘であるお前も、泣くことがないというのは、 一体どうしたことだ? 娘よ。せめて、お前だけでも。母を求めて、声の限りに泣いてはくれないのか?
 古代は、じっと娘の寝顔を見つめた。
 
ハートライン
 
 ヤマトは、現在地球へ向かって航行していた。再びのイスカンダルからの、帰路である。
 艦内時間では日付が変わり、深夜と呼ばれる時間帯だ。乗組員たちは交代の時間も過ぎ、 当直の者がそれぞれの場所に僅かに起きているばかり。実戦を経、ひとつの星の終焉を目の当たりにした 若者たちは、それぞれが何かしらを受け取り、一回り成長を遂げた。彼らは、今、明日に備えて 皆休息を取っている。何時起きるかわからない実戦と、何時始まるかわからない8時間連続訓練のために。
 
 だから、古代守が部屋を出たことに、誰も気が付かなかったのだ。誰にも見咎められることなく、 古代は部屋を抜け、医務室の保育器の傍らにひとり立っている。 その姿は、まるで幽鬼のように見えないこともなかったが。
 そうはいっても、ここ医務室へ入ってきたことにまで、誰も気が付かなかったわけではない。 古代守の後ろ姿をじっと見つめているのは、ヤマト医務室の主、佐渡酒造であった。
 
花イラスト
 「安心せいよ。その娘はよく眠っておるじゃろう? 今のところ、健康そのものじゃよ」
 突然にかけられた声に、古代は驚いた。人の気配に全く気が付いていなかったのである。 振り返ると、白い医務服を来た佐渡が一升瓶を抱えて立っていた。
「佐渡先生」
 古代の声にいつもの覇気はない。虚ろな響きを抱えたままで。
「この子は健康なんですね?」
「あぁ、もちろんじゃよ。よく寝ておるじゃろう」
 ニコニコとしながら古代の向かい側に回る。間にサーシアを挟んで。
「どうして、泣かないんでしょう?」 
 古代は表情のないままに言葉を口にした。
「母親が傍にいないというのに。永久にいなくなってしまったというのに。
 どうして、この娘はこんなにも安らかに眠っているんです?
 どうして、母を求めて泣かないんですか」
 
 古代の見つめる先で、赤ん坊は安らかに寝息をたてていた。佐渡は、ゆったりと笑みを浮かべる。
 「泣いとるよ、この子は。だからこうして眠っておるんじゃ」
 佐渡の答えに、古代は戸惑う。
――泣いて、いる?
 「生まれたての赤ん坊にとって、一番の庇護者はその母親じゃ。 急に引き離されて不安にならん子どもはおらんよ」
 「でも、先生。この子は、こうして眠っているじゃありませんか」
 「古代。子どもがぐっすりと眠るためには、何が必要じゃと思うとるかね?」
 え。唐突な問いに、古代は瞬きをひとつした。ほれ、と佐渡に答えを促されて。
「清潔な衣服と寝床。十分な栄養。それから、安心感――?」
 ちっちっ、と佐渡は丸くあまり大きくない手を振って見せ。
「それだけじゃ、まだ、足りんのう」
 古代は不安げに首を捻った。
「運動じゃよ。適度な運動が不可欠でな」
「運動、ですか?」
「あぁ、赤ん坊が泣くというのは、結構な運動になるんじゃよ。 この子がこれ程ぐっすりと眠るまでに、どれほど泣いたと思うかね?  アナライザーめが、音を上げよった」
 ふほほ、と佐渡が可笑しそうに笑った。
 
 そうか、この娘は泣いたのか――。
 古代は身体から力が抜けていくような気がした。
 では、俺だけ、か。
 
 「おまえさんも、泣いたらええんじゃよ。そうすれば、よく眠れるじゃろうて」
 佐渡の言葉に、古代は小さく口許だけで笑い、首を振った。
「俺は、泣けないんです。悲しくないんですよ、先生――」

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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