風のとまる処


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 「おい、古代守はどこへ行ったんだ?」
 港は慌ただしい朝を迎えていた。幕之内の載る駆逐艦も、出航の準備にかかっており、どこの部署も慌ただしい。 そんな中、先任が苛ついた声を撒き散らしながら、部屋へ入ってきた。
「はっ! 申し訳ありません! 古代は、ただいま北庁舎まで行っておりますっ!」
 直立不動の姿勢で答えたのは、幕之内だ。
「何だ、まだ帰ってきとらんのか。戻ったら、至急俺の処へ来るよう、言ってくれ」
「はっ! 申し伝えますっ!」
 先任の姿が食料倉庫の扉から出て行ったのを確認してから、幕之内はふううと息を吐いた。
(ったく。古代のヤツ、何時まで外をうろついている気だ。何かやっかい事に巻き込まれてるんじゃあるまいな)
 学生時代からトラブルメーカーの誉れ高い古代守である。その姿も、頭脳も、資質も、良くも悪くも目立つ男だった。
 呼び出してみるか、と腕につけたクロノメーターのスイッチに指をかけた途端、ピピッと呼び出し音が鳴る。 案の定、古代守からの通信が入った。
「おう、幕之内か? お前、今どこにいるんだ?」
「何を呑気に言ってやがる。さっき、先任がお前を捜しに来たぞっ! とっとと、帰ってこいよっ」
と怒鳴りつけるが、古代はそれもどこ吹く風で。
「あぁ、わかってるよ。で、お前はどこにいるって?」
 何なんだよ、一体、とぶつぶつ文句を言いつつ、第三食料倉庫だと答えれば、丁度良かった、そこを動くなよ、 すぐに行くから、との言葉だけを残し、古代は通信を切った。
 
 「お、おいっ!?」
 呼び返すのも虚しいばかりで。誰もいない倉庫の中で、幕之内は盛大に溜め息をつき、肩をおとした。 だが、その古代がそこに姿を現したのは、本当にすぐのことで。
「よう、幕之内はいるか?」と入ってきた古代に「お前な、」と文句を言いかけて、幕之内は絶句した。 「お客さんだぜ?」と言った古代の後ろに、俯く柚香の姿を見つけたからだ。
 
 「女の子を泣かすもんじゃないぜ」
 にやり、と笑う古代に「うるさい」と返しつつ、だが、幕之内は呆然としている。 時間はあまりないから手早くな、と柚香の肩をポンと軽く叩いて、古代は扉の向こうに姿を消した。
 俯いた柚香が、ゆっくりと幕之内に近づき。黙って、持っていた包みを差し出した。
「――お前、よくここがわかったな」
 包みを受け取りながら、言葉を紡ぐと。
「彩季子さんに聞いて――。ゲートの処で彼に会って、訳を話したら――」
 
 ふっと小さく息を吐いた。ちょうど外から戻ってくるヤツがいて、しかも、それが“古代”だった。 相変わらず運のいいヤツだな、と思う。他の連中だったら、まず十中八九追い返されていただろうに。 それに、いくら古代が型破りだと言っても、出航前のこの慌ただしい時でなければ、民間人をこっそり 連れてくるなんてこともできなかったろう。
――まぁ、この様子じゃ古代じゃなくても連れてきたかもしれんがな、と思わなくもなかった。 泣きはらした目は真っ赤で、にこりともせず、思い詰めた様子は痛々しかった。
 
――幕さんの、と言いかけた柚香に顔を向ければ。
「幕さんの作るご飯は、美味しい、と思う。一番」
 ぽつり、ぽつりと紡がれる言葉に胸を打たれ、不覚にも涙が出そうになった。慌てて、 渡された紙袋を開けてみれば。こぢんまりとした袋の中には、握り飯――だろうな? と思われる物体が入っていた。
 俯いていた柚香が、不意に顔を上げ。真っ直ぐに幕之内を見つめる。確かめるように、 一言一言を噛み締めるように、言葉を発した。
「湊が、生きていたとしても。幕さんが、死んじゃったら、やっぱり、嫌なの。――だから。 だから、お願い。死なないで。生きて返ってきて」
 一晩中泣いていたのだろうか。化粧もせずに、泣きはらした目をして。それでも、 ひとりでこうしてやってきた柚香が、何とも頼もしく見えて。
「死ぬために、行くわけじゃないさ」
 そう言うと、うん、と頷いて涙を零した。もう泣くな、と涙を払うと、また、うん、 と頷き、柚香は笑おうとしたが。
 
 ピピッと、腕のクロノメーターが鳴った。
『幕之内っ、まだ確認できんのかっ!?』
厨房からの怒声がとんだ。
「は、はいっ。ただ今確認が取れましたっ! 穀類の残量はデータ通りですっ!!  報告が遅れまして申し訳ありませんっ!!」
『さっさと戻ってこんかっ! 厨房の手が足りんぞっ!』
「はいっ。至急戻りますっ!!」
 
「――幕さんを、待っている人がいるのね」
「それが、俺の仕事だからな」
うん、と柚香は今度は本当に笑った。
 
 「――そろそろタイムリミットだぜ? お二人さん」
 扉の向こうから、ひょっこりと古代が顔を出した。途端に幕之内が嫌な顔をする。
「お前こそ、とっとと行ったらどうだ?」
 だが、幕之内の言葉に、ふふんと余裕の笑みを浮かべて、そして、女の子は笑った方が可愛いよ、 と柚香に声を掛けた。一瞬目を瞠り、そして、柚香は笑みを浮かべる。そうそう、その方がずっといいよ。 古代はウィンクをひとつ投げ、笑った。
 
 民間人が出入りできる開放区まで、柚香を送り、その別れ際。「気を付けて帰れよ」と言う幕之内に、 柚香はうんと頷き、じゃあ、と背を向けた。その背に向かって。
「おい。今度帰って来たら、飯の炊き方からみっちり仕込んでやる。覚悟しとけよ」
 そう言葉を投げれば。柚香は踏み出した足を止め、ゆっくりと振り返り、涙の跡の残る頬に笑みを浮かべ、 うん、と頷いた。
「だから、また、な」
 そう言った幕之内を真っ直ぐに見つめ。そして、ちょっと小首を傾げ、言葉を返した。
「また、ね」
 柔らかな五月の風に吹かれたように柚香は微笑み、そして二度と振り返らずに駆け去って行った。

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 「お前にあんな可愛いがいるとはね」
 腕を組んだ古代がにやりと笑うが。そんなんじゃねえよ、と幕之内は顔を顰めた。
「――アイツは、兄貴の嫁さんで、妹みたいなもんさ」
 おい行くぞ。早く行かないとお互いエライ目に遭うからな、と幕之内は走り出す。古代もその後を追った。
「なあ。兄貴の嫁さんってのは、普通、姉さん、って言うんだと思うぞ?」
という素朴な疑問に、いいんだよ、あれが姉貴でたまるか、と言ってはみたが。思わず、 くすりと笑ってしまった幕之内であった。
――あれにまともな料理を教えるのは、えらい事だぜ。それに比べりゃ、敵さんの一隻や二隻、軽いもんだ、と。

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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