月明かりの夜に


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 「だからさ、綺麗になったって」再び村井が言えば。
「だから。もともとだって言ってるでしょ」と柚香が答える。
 ふぅ、と村井が溜め息をついてみせた。
「往生際が悪いよ、おまえ」
 それでも、何の事よ、と突っ張ってみせたが。
「俺、見たもん」と続いた言葉は。
「おまえは確かに明るいヤツだけど、あんな表情かおを向けるのはひとりだけだ」
 今度こそ目を瞠った柚香の身体が硬直した。
「局長、だけだよな」
 何も言わずにカウンタに突っ伏したその態度が、何よりも雄弁な答えだっ た。村井は、柚香の頭をぐりぐりと撫でた。
「ま、気が付いたのは俺と館長くらいだからさ。気にすることはないけどな」
 それでも、柚香は黙ったままだ。
「どこぞの令嬢と見合いしたって、もっぱらの噂だろ、局長」
 
 あまりの成り行きにただ驚くばかりの真田だったが、そればかりは目を剥いた。 「局長」という言葉が己れを指していることくらいは、わかっている。俺が見合 い? そんなモノをした覚えはないし、第一、そんなことに使う時間はどこにも ない。ベッドで寝ていた方がマシだ、と思う。
 
 「お見合いしたかどうかなんて知らない。会ってないもの」
 テーブルに突っ伏したまま、ぼそりと声が漏れてきた。
「でも、あの年齢だし、独身だし、お見合いくらいしても、おかしくはないわよ」
 ヤマトの技師長、である。未だ年若い他のスタッフとは違う。しかも、科学局 長という地位。そういう繋がりを持とうと狙っている人間は、本人・親・係累を 含め大勢いるだろう。本人にその気があれば、選り取り見取りのはずであった。
 「それで、おまえはいいわけ?」
 村井は優しい笑みを浮かべ、尋ねた。
「――うん。いいの」
 
灯りイラスト

   「本当に?」
 重ねられた言葉に、柚香は突っ伏したまま顔だけ村井に向けた。
「――うん。だって、生きてるもの」
「瀬戸」村井は表情を曇らせた。
「全く何も感じないわけじゃないけどね。でも、生きて、笑っていてくれれば、 それでいいの。私がしてあげられることなんて、そうないし。必要な人がそばに いればいい、と思う」
 
 「――おまえには、必要じゃないのか?」
 その問いに、柚香はちらりと村井を見上げて笑った。
「私に必要かどうかじゃなくて、彼が必要としてるかどうか、なの。倒れたりし ないで仕事ができて、大切に思える人がいて。幸せに笑っていてくれれば、それ でいいわ」
 
 琥珀色の液体の中で、からんと氷が音をたてた。ゆらり、と液体が揺れる。
「おまえは? おまえの幸せは?」重ねて問われれば。
「――友だちだから」そう答えた。
「16歳でダンナを押し倒して、結婚を迫ったひとの言葉とは思えませんが?」
 村井は持ち上げたグラスを、その頬にあてて微笑んでみた。柚香はムッとした顔をして。 鼻にしわを寄せてみせた。
「失礼なこと言わないでちょうだい。押し倒したのと迫ったのは別な話ですっ」
 それから、ゆっくりと身体を起こすとカウンタテーブルに肘をついて、指先を絡ませた 手の上に顔を載せた。
「心地よい風のわたる丘で、おにぎりを食べて一緒に笑うことができれば。それ でいいわ」
 柔らかにそう言った柚香の言葉は自然で、無理をしているわけではないことは よくわかった。だから、村井もそれ以上は追求せずに、ただひとこと、そうか、 とだけ返事をした。
 
灯りイラスト
 ぎぃという音と共に扉が開き、遅れてきた仲間たちが入ってきた。
 何事もなかったかのように、おう、こっちだと村井が手を挙げる。ふたりも カウンタから立ち上がり、用意してくれたテーブルに向かった。おつかれさま、 久しぶり、とがやがやと近寄ってきた群の中から男が声をかけた。
 
 「おい、瀬戸。資料室から呼び出しがかかってるぞ」
「資料室って、ウチの? それともあっち?」あっち、とは科学局を指す。
「あっち。瀬戸クン、ご指名です」
 私何かしたっけ? と首を捻ってみるが。
「いや、そういう事じゃないらしい。局長指定の資料が見つからないらしくて泣き ついてきた」
 聞いていた他の人間も、あぁそれじゃ仕方ないなという顔になる。
「私、明日休みなんだけど?」一応顔を顰めてみるが。
「急ぎじゃないから、明後日休み明けでいいってさ」
 ふうん、わかったわと言いつつ、柚香は腰に手をあてた。
「全くあの人は自分の頭と他人のものの回転スピードが違うことに、気付いてないのかしらね?」
 あちこちから、くくっと苦笑が漏れた。
 
 真田局長指定の資料探しというのは、毎度骨が折れるのだ。何しろ、簡単な資料 なら頼む以前に自分で探し出してしまう。あの局長をしてもすぐには手に入らなか ったものを探し出すのだから仕方ないと言えば仕方がないのだが。
 図書館の人間は、皆資料探しについてはプロであったが、それぞれに得意分野を 持っている。柚香に指名がきたということは、歴史学/民族学系か或いはイスカン ダル関係ということになるだろう。
 文句は言いつつも、きっと明日の休みを返上して駆けつけるに違いない、と思う 村井であった。

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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