月明かりの夜に


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   木の扉に手をかけると、ぎぃと音を立てた。
 科学局局長、真田志郎は早めに仕事を終え――といっても既に夕食の時間は とっくに過ぎているが、久しぶりに飲んでいこうかとその店の扉を開けたのだった。
 懐古趣味と言えばそれまでだが、近頃はこういった造りの店が流行っていた。
味気ない地下都市での生活から開放された反動だろうか。最新の設備を備え つつも、内装は木や石等の自然物、或いは、その模造品を使用している。 店の中は適度に照明が落とされ、なかなか落ち着いたいい雰囲気だ。カウンタ と緩やかに区切られたテーブルがいくつかあり、席は半分が埋まっているとい ったところ。若者のグループもいたが、大騒ぎすることはなく、皆、ゆっくりと 酒を楽しんでいるようだった。
 
 真田は店の中を一瞥すると、入口近くのテーブルを抜け、奥に続くカウンタを 見渡した。カウンタ手前のテーブルは、古ぼけたラティスに絡ませた観葉植物で 区切られている。こちらからは店内が窺えるが、逆は死角になっていた。無意識 にそういう場所を選んでしまうのは、もう長いこと軍人をやっている人間の性な のだろう。真田はそこに腰を下ろすと少々のつまみとバーボンをロックで頼んだ。
   
 グラスを持ち上げると、氷がカランと音をたてた。あまやかな香りもまた心地 良く。久しぶりにゆったりと過ごす時間に、真田は静かな息をはいた。
 
キャンドル


 こんな時間を持てるようになったのは、最近のことだ。
 イスカンダルからの帰還直後は、休む間もなく放射能の除去にかかりきりで、 その後は科学局局長として地上の復興に尽力してきた。まだまだ建設途上ではあ るが、家に帰るどころか、食事の時間さえもままならないという日々はようやく 終わりを告げようとしていた。
 相も変わらず忙しいながらも、自宅のベッドで眠ることはできるようになっ たし、こうしてたまには飲む時間を作ることもできるようになった。問題は未だ 山積みではあったが、それらは、これからじっくりと腰を落ち着けてやっていか ねばならないものが大半を占めている。科学局内でも、やっと人心地を取り戻し たといった雰囲気になってきていた。
 
 身体を椅子にゆったりと預け、心地よい音楽に耳を傾けた。時折、シャランと 爪弾かれるに、ふと、あの青い星を思い浮かべた。
 命を懸けて辿り着いたのは、美しく清浄な、死にゆく星だった。
 そして、そこにいるはずの友を思った。故郷も弟も振り捨てて、愛する女の許に残った男。
 
 己れならば、どうしたろうか。
 幾度となく考えてはみた問いを、また、考えてみる。
 そして、真田はふっと小さな笑みを浮かべ、首を振った。
 
 俺には、できんな。
 そう思う。工作班長という立場でなくても、己れが古代守だったとしても。やは り、無理だろう。
 愛を告げられたからといっても、それは一時の思い込みかもしれないじゃない か。たとえ今は良くても、だ。その愛が永遠に続くという保証はないだろう。
 ――いや、そうじゃない。
 真田は苦笑した。真田には己れが生涯にわたって愛されるに値する人間だと、 どうしても思い描けないのだった。だから、ちらりとよぎった面影には気づかな いふりをしている。
 
キャンドル


   イスカンダルといえば、近々宇津木さんの処へ連絡しなきゃならんな、と思い 出して腕を組んだ。
 真田が持ち帰った膨大な資料は、到底軍の資料室だけで管理できるものではな かった。それらは、異星の技術であり文化であるため、地球とは考え方も分類の 仕方も違っていたのだ。そこで、真田は連邦図書館にその管理補助を依頼した。 館長である宇津木はそれらをわかりやすく再編することを提案した。そして、そ の際の資料管理を中心となって進めたのが瀬戸柚香であった。
 
 「私は技術を使えるわけでもないし、理解できるわけでもない。けれど、 捜し物に辿り着くための水先案内人にはなれると思うわ」
 そう言って、膨大なデータを前に嬉々として取り組んだ柚香は、ろくに家にも 帰らず、その資料整理に熱中し、そのうち資料室の主と呼ばれるようになってい た。挙げ句の果てには、イスカンダル語にまで興味を持ったようだ。
 
 「地球の分類に合わせることが、結果として正しいかどうかはわからないわよ。 こちらに合わせることで見落としてしまうものが、必ず出てくるからね」
 彼女の言葉の通り、なかなかイスカンダルの技術を汎用化できない理由は案外 その辺りにあるのではないか、と真田は考えている。
 だが、資料整理の目処がたったところで柚香の出向も終わり、現在の資料室は 科学局員によって運営されている。
「こう言うのは悔しいですけど、そういう事は図書館の方に相談された方がいい と思いますよ」
   いつまでもイスカンダルの資料ばかりと格闘しているわけにもいかない局員た ちは、そう言ったのだった。

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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