蒼 天


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 扉をくぐると、そこはエレベーターホールだ。
 その先の大きなガラス張りのドアから煌めく陽光が差し込んでいる。
 眩しそうに手をかざした柚香は一瞬足を止めたが、躊躇うことなくドアに向かった。

 屋上に人影はなかった。昼時を過ぎた時間であっても、冬将軍が采配をふるうこんな時期に、外でくつろごうという変わり者はそう居ないようだ。
 冬の空は蒼く、ガラス越しの陽の光は暖かだった。
 だが、扉をくぐった先は、思わず身を竦めるほどに気温が低い。
 それでも、立春を間近に控えた日差しは少し柔らかみを帯びたような気がして、柚香は冷たい空気を胸一杯に吸い込んだ。

 「空が、青いなあ」
 冷気が身を清めてくれるような気がして、空を振り仰いだ。
 青い空があった。
 幾度見上げても、飽きることなど無い。あの地下でどれほどに恋い焦がれたことか。

 青い空に。
 陽の光に。
 清涼な水に。
 溢れる緑に。
 そして、駆け抜ける風に。

 柚香は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
 冷たい、けれど清涼な風に頬を撫でられたら、急に気持ちがすっきりとした。
 蒼い空と、冷たい風と、暖かな陽の光に。
 何だか思い悩んでいることが、些細なことのような気がしてしまい。
「まあ、いいか」
 声に出してみた。
「うん。まあ、いいわね」
 もう一度、言葉にしたら、笑いが浮かんできた。
――ひとり思い煩った処でどうなるものでもないんだし。
 柚香は空に向かって、両手を伸ばす。

 何も掴めなくてもいい。
 ここには、青い空がある。陽の光がある。
 私たちには、時間があるもの。
 大丈夫、私は生きていけるわ。
 貴方たちが戦いとったこの奇跡を、私は手放したりしない!
 たとえ、この想いが叶わなくても。
 大丈夫。私は生きていける。
 あの苦しかった時代を一緒に生き抜いた仲間と共に。
 私にもね、明日を作ることはできるのだと、教えてくれた人がいるのよ。

 見上げた空には、雲ひとつなく。
 冷たい北風が吹き抜けるばかりだったが。
 それでも柚香は満足し、両手を静かに下ろした。
 部屋へ戻ろうと踵を返し、だが、その足が止まった。
 

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 「柚香」
 名を呼ばれて、心臓が踊り出しそうなほどに狼狽えた。
 手が、振るえた。

 ――どうして、ここがわかっちゃうんだろう?
 そう思ったら、胸の奥を掴まれたような気がして泣きそうになった。
 無言の笑みを、真田は困ったように受け止める。

 冷たい風が柚香の髪を揺らし、オレンジの香りを届けると、真田は少し眩しそうに目を細めた。

 「さっきは…」
 きっかけを探していた真田は、自分が謝るのは変だろうと思いつつも、だが、ついそれを口にしてしまい。その上、こともあろうに見事な脚線美を思い出しついでに、その先まで想像した処で柚香と目が合い、思わず赤くなった顔を慌てて背けた。
「もおっ。いい年して何やってるのよっ。こっちが恥ずかしいでしょっ」
 つられて耳まで赤くした柚香にそう言われても、いつものポーカーフェイスは何処へ行ったと自分でツッコミを入れたいくらいの真田である。
 くそ。アイツならこういう時の対応は上手いんだがな。
 ふと、遠い星にいる友人を思い出してみたが。あの余裕の正体には思い至らず、右往左往してしまい兼ねない自分を恨みに思った。

 その時だ。
 今度は少しばかり大きな風が屋上を駆け抜け――ついでに、柚香のスカートの裾を大きく翻していった。

 きゃあっ、と慌ててスカートを押さえたものの。
 ちらりと上目遣いに見上げた柚香と目が合ってしまい、その情けなさそうな表情を可愛いいと思い、思わず笑ってしまった。
「わ、笑わなくったっていいじゃないのっ」
 憤慨する顔がとても幼く見えて、くく、と笑いを噛んではみる。
「心配しなくていい。今度は綺麗な足しか見えなかった」
「しか、って何よっ。しかって!」
 しかも、じゃあ、さっきはそれ以外も見えたってことなの!? とはさすがに口に出すことはできず。ええと、今日はスカートの下、何を着けていたっけ、と思い出そうとしてまた顔を赤らめ。
 結局今度は柚香が百面相をする羽目になっていた。
 真田はその様子を可笑しそうに眺めていたが。

 「柚香」
「何よっ」
 相変わらず余裕がないのは柚香であって。
「2度あることは3度あると言うからな。注意しろよ」
 古代守ならここでウィンクのひとつもするだろうが、と思いつつ、アイツのようにはいかんな、と苦笑した。
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 アラームが時を告げる。
「おい、行くぞ。次の会議が始まるからな」
「知らないっ」
 真田の誘いに、柚香はプイッと膨れてスタスタと歩き出した。
 エレベータを待っている間も、柚香はむくれたままだ。無言の時間が過ぎていくが、真田にはそれが心地よい。
 よしよし、と頭を撫でてやりたいくらいだ。

 到着したエレベータの扉が開く。
「アナライザー!」
 乗っていたのは、赤いお茶目なロボットである。
「真田サン。藤咲サンカラノ、伝言デス。会議ノ時間ガ、30分遅クレルソウデス」
 ピコピコと光を点滅させながら、エレベータから降りてきた。

 「アナライザー?」
 子どもを叱るように、柚香が腰に両手をあてて言う。
「何か言うことがあるでしょう?」
「柚香サン、早ク仕事ニ戻リマショウ」
 プッと真田が吹いた。
「アナライザー!」
「わたしニハ 何ノコト カ ワカリマセーン」
 言うなり、スカートの裾に手を伸ばしたが、そこは、柚香の防ぎ手の方が早かった。
「アレレ。ろぼっとモ タマニハ失敗スルノダ」
 ワハハハハ、と笑い声を残し、アナライザーは閉まりつつある扉の中へと姿を消した。
「もう…!」
 くすりと笑った真田を見上げる柚香と目が合った。
「3度目は未遂で済んで良かったな」
「――当たり前よっ」
 もう一台のエレベータの扉が開き、ふたり一緒に乗り込んだ。

 誰もいなくなった屋上を、瑠璃色の風が駆け抜けていく。
 春の到来を告げるように。

written by pothos 27 JUN 2011
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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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