蒼 天


(1) (2) (3) (4)
ハートイラスト
 =3=
 勢い込んで部屋を後にした柚香だが、廊下の角を曲がり資料室が見えなくなると、肩を落とした。エレベーターホールで立ち止まると、待つこともなく扉が開いた。エレベータは柚香ひとりを乗せ、静かに上昇を始める。

 ひと月ぶりの科学局だった。
 ヤマト帰還後、柚香はイスカンダル資料の整理のため、中央図書館から科学局へと派遣されていたが、それも3か月ほど、つまりちょうど地上への移転がなされた頃に、その任を終えていた。
 今日は月毎の定期訪問の日だ。

 柚香は上背があることもあって、普段はパンツスタイルでいることが多いが、制服はツースタイル用意されていた。時には、こうしてスカート姿を見せることもある。膝下まである長めのスカートは、アンティークな司書スタイルを連想させた。
 そして、中央病院で佐渡医師の補助をしているアナライザーも、また、今日は資料室のデータ整理の為に科学局へ出向いており。いつもの調子で目の前にあったスカートをひらりと捲りあげた。
 それだけの話だったのだが。
 運良く目の前にいた真田局長が役得だったというか。
 運悪く犠牲になった、ということか。

 柚香はホッと息を吐き出すと、壁に凭れた。
 ふと、真田の表情を思い出し、くすりと笑う。
 部下たちの前で悪かったかな、とも考えてみるが。

星アイコン

 柚香は自分の職場を愛していたが、ここ科学局の雰囲気も好きだった。
 地球復興の一翼を担っている科学局は、威信と希望を一身に背負い、真っ先に地上へと移った機関のひとつである。
 その多忙さは言語に絶するものであったが、ここにはそれを不満に思う局員は居なかった。この星の復興という一事に、誰もが全精力を傾けていた。
 それは、強制されてのことではない。
 彼らにとっては、「為すべき事がある」という事実だけで十分だったのだ。
 あのガミラスの攻撃に晒されながらも、何一つ有効な手段を打ち得ない無念の日々や、エネルギーの枯渇を前に何もできずに無為に過ごした日々を思えば、誰もが寝食を忘れて、ただ、ひたすらに働き続けることを善しとした。
 そして、それを確固たるものとして支えていたのは、この科学局を統べる男への信頼だった。
 イスカンダルからのメッセージを受け取り、波動エンジンを組み立て、14万8千光年という気の遠くなる未知の空間を行き来し、更には放射能除去装置と共に異星の科学技術を持ち帰ってきた、復興の柱となっている男への信頼。
 古代進が、宇宙戦艦ヤマトの象徴として英雄と崇められたのと同様に、真田志郎もまたイスカンダル科学の継承者としてその頂点に君臨していた。  己れの栄達など眼中にない真田の姿勢に、従う者達もまた感化されていく。
 そんな懸命さが好もしく、活気に溢れたこの場所を柚香は好きだったのだ。
 
 だが。
 柚香は、さっきから小さな息を幾度も吐き出している。
 ふう。
 また、吐息がひとつ洩れた。

 彼と知り合って、もう何年になるだろう。
 片手で足りるそれを指折り数えようとして、また、吐息をもらした。
 出逢いは、地下都市。崩落事故を一緒に生き延びた。あの時の、前を行く彼の背の広さは今もまざまざと蘇りはするけれど、既に5年の月日が過ぎてしまった。再会するまでの1年と、彼の帰還を待ち続けた1年の会えない日々も共に。
 恋に落ちるのに、時間の長さは関係ない。
 それは重々承知している。でも、恋を育んだとも、友情を紡いだとも確信するには、共に過ごした時間はあまりにも少ない。

 どこか、遠い人だった。
 溢れるほどの才能を持ち、気の置けない仲間に囲まれながらも、無力感に苛まれ続け。それでも生きることを諦めないひと。
 だから。
 だから、行ってしまうつもりだったでしょう?
 この星を捨てるつもりだったでしょう?
 私には、確証なんて何もなかったけど。貴方が“全滅”を潔しとしないことは、わかるもの。
 受け取ったたすきを、自分の処で捨て去ることは、貴方にはできない。仕方のないこととして、諦めるなんてことはできない。先人の偉大な宝とたくさんの同胞の命を貴方は受け取ってしまったから。

 誰かがその責を取らなければならない。全てを負い、己れの責として遂行しなければならない。
 それを、他人に被せてしまえるほど、貴方は強くない――。

 だから。
 行ってしまうつもりだったでしょう?

――私には、それを止める術はなかった。
 ただ、ここで貴方を見送るだけ。だって、私には、この星を捨てることはできないから。私に明日を守ることは、できない。
 私にできるのは、明日を信じて手を繋ぐことだけ。今、この時を、生きるために。
 そうして、待つことしかできなかった――。
 強かったわけじゃない。それしか、自分を支える術を見つけられなかっただけ。

 でも、貴方は変わった。
 イスカンダルへの旅は、貴方を変えたわ。
 失くしてしまったのと同じだけの、いいえ、それ以上の希望を得ることができたの?
 絶望を乗り越えるほどの仲間を得たのね?
 その手に何を掴んだの?
 私にはあげられなかったものを、貴方は得たのね。

 柚香は、またひとつ吐息を重ねた。

 こうしていても、私と貴方の道は重ならないのかもしれない…ね?
 隣接するはずの自分の職場が、やけに遠くに感じられた。

 ふう、とまたひとつ吐息を吐き出し、天井を仰いだ。
 困った時、迷った時空を仰ぐのは、母を亡くしたときからの習慣だった。

 お母さん。私はどうしたらいいの?

 母の面影は何も答えてはくれなかったが、そうやって自分と向き合うことを身に付けた。どんなに迷っても、悩んでも、最後の答えを掴み取るのは自分自身なのだということを、柚香はちゃんと知っている。
 答えを一時保留するのはいい。けれど、そこから逃げ出してしまったら、自分を憐れんでしまったら、何も得ることはできないのだというこも、柚香は夫を失った時に思い知った。
 
 逃げたりは、しないわ。
 自分を憐れむこともしない。

 そう呟いた時、エレベータが止まり、扉が開いた。
 前へ  次へ
背景 by「一実のお城」

copy right © kotyounoyume,2009-2011./pothos All rights reserved.

TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

inserted by FC2 system