:時を駆けるお題−武士の時代 19−瑠璃の風
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代はイスカンダル帰還後の地上です。
オリジナルな設定である上オリジナルキャラが登場。真田志郎との恋愛譚です。
ご注意ください。
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代はイスカンダル帰還後の地上です。
オリジナルな設定である上オリジナルキャラが登場。真田志郎との恋愛譚です。
ご注意ください。
蒼天とは、青空、大空、蒼空の意である。
また、春の空や、天の造物主・天帝をも意味する。
2201年。立春を間近に控え、大地は蒼天を擁していた。
この星は長い苦しみに耐え抜き、その麗しき姿を取り戻した。
144名の勇気ある戦士たちと、彼らの帰還を信じた人々と。
愛する者のために散っていった多くの同胞たちの手によって。
再びの空は蒼い。
深泉より湧き出た水は、瀧を下り谷を走り海へと出で行き、空へと開放される。そして、恵みの雨となりて、再び、地上を潤した。
大地は緑に染まり、風が駆け抜けていくと。
早春の地に、小さな瑠璃色の花が、笑み零れるように揺れた。
月が変わった朝、カレンダーを一枚めくった。
いつものようにカフェオレを手にすると、テーブルにつく。
トーストの隣りにある焦げ茶色の塊に目をやった。
頬杖をついて、柚香は考える。
いくら2月だからって。
まさか、天然物が手に入るなんて思わなかったのよね。
どうしようかな、これ。
去年は、ほんの一塊りの合成チョコレートを手に入れるのもやっとだったことを思えば、夢のような話である。
食糧事情は安定しつつあるが、劇的に回復したわけではない。そんな中でも、嗜好品が出回るようになったのは、人が生きる未来をその手に掴んだ、からなのだろう。
何しろ、あの時はミルクも手に入らなくて、お湯で割ってみんなで一口ずつ飲んだのだから。
ヤマトが飛び立って4か月が過ぎ、逼迫したエネルギー不足、食糧不足に不安を抱えながらも、仲間と肩を寄せ合って暮らしたあの地下都市で。
ヤマトでもチョコレート食べているのかしらね? なんて笑い合った。
チョコレートを贈ることが、即、恋心を伝えるとは限らない。
感謝を伝えるために、友だちや仲間に、同性異性を問わずチョコを贈ることも多いイベントだけど、あれを機に、プロポーズしたのもいたっけね。
明るい同僚を思い出したが、自分も同類だったことに思い至り、苦笑した。
チョコレートの塊を、つんとつついてみた。
プロポーズ、とまではいかないにしても。
このチョコレートをどう渡したものか、柚香は決めかねていた。
バレンタインディに想いを込めてチョコレートを贈るという習慣があることは、小さな頃から知っていた。
母さんが、ずっと父さんにチョコレートを贈っていたから。
私が初めてチョコレートを贈った相手は、父さん。
小学生になった年、母さんと一緒に手作りのチョコレートを渡した。
不器用な私が作ったチョコレートは美味しそうだとは言いがたいものだったけれど、父さんが目尻を下げてそれは嬉しそうに食べてくれたことは、昨日のことのように思い出せる。
もっともっと喜んで欲しくて、いろいろなチョコレートを作ったっけ。
不器用な私が、チョコレート作りが得意になったのは、喜んでくれた父さんと辛抱強く教えてくれた母さんのおかげ。もっとも、なぜか、何度やってもチョコレートケーキは上手くならなかったけど。どうしてかしらね?
私が九つの時、母さんは病を得て、あっと言う間に逝ってしまい、初めてひとりで作った。涙を拭いながら作ったそれを、父さんは少し淋しそうな顔をしながら、ありがとう、と受け取ってくれた。
父以外の人にあげたのは、15歳の時。
初恋のその人にチョコレートと一緒に想いを告げた。
5歳年上だった彼は、私を子ども扱いなんてしなかったけれど、それは丁寧に断られてしまった。どうしても諦めきれなかった私は彼の許に通い詰め、結果、そのチョコは3か月遅れで彼の口に入ることになった。
彼以外の人のために作るようになったのは、子どもたちを産んだ年だった。
たくさんの人にお世話になって、たくさんの愛をもらった。
チョコレートを作ることを提案したのは彼だった。
「君の作るチョコレートは、とても幸せな気分にしてくれるよ」
そう言ってくれたから。
男の人も、女の人も、みんな嬉しそうに受け取ってくれたね。
そうして、毎年作り続けた。
ずっと作り続けるはずだったのに。
彼は私をひとり置いて逝ってしまった。
あの時は、ただ息をしているだけでやっとだったから、バレンタインディなんて思い出しもしなかった。
でも、翌年。
「おねえちゃん、もうチョコ作らないの? ボク、おねえちゃんのチョコ、好きだよ」
年の離れた弟にそう言われて、もう一度作ってみようと思った。
泣きそうな顔で受け取ってくれたのは父さんで、ありがとう、と言ってくれたのは
「おまえ、これだけは旨いな」
そう言って、私の頭をグシャグシャと撫でてくれたのは、幕さんだった。
まさか、また、ひとりの人を想ってチョコを作る日が来るなんて。
けれど。
どうしたらいいのかしらね。
溜め息を付いた柚香は、時計の針が出勤時刻を指していることに気付き、慌てて立ち上がった。
今日は科学局へ出張の日だ。