めぐり会い
TO YMAMATO 第1章

「やっぱりね」
 槇が大きな溜め息を付いた。
「槇。お前、時計を取りに来たというのは嘘だったのか」
 ムッとした表情が、露わになる。
「それは本当」
 返事をしたのは、黎那と呼ばれた少女だった。真田がぎょろりとそちらを見やった。
「隣の『藍刻堂』って時計店がウチなの。今日は技師が出かけているからね、あたしが槇の時計を預かってる。何しろ、槇はウチのお得意さんだもん」
 少女が立ち上がった。
「ふうん、面白そうな人だね」
 黒目がちの大きな瞳でジッと見つめられ、思わず真田は身を引いた。

 黎那は愛くるしい顔立ちをしていた。
 滑るように肌理細やかな白い肌に、ふっくらとした赤い頬と赤い唇。まるでショウウィンドウに飾ってある人形のようだ。
 だが、きらきらと輝く、好奇心旺盛そうな瞳が人形ではないのだと主張していた。
 大分、小柄だった。
 といっても、実際には平均的な身長であったろう。だが、並はずれた長身である真田には、やけに小さく映った。

「あたしは、藍澤黎那あいざわ・れな。槇と同じ高校のクラスメイトよ」
 まるでゼンマイ仕掛けのアンティークドールのようだと思い、つい背中にゼンマイを巻く鍵がないかと探してしまった。
「あんたは何者?」
 促されてハッとした。
「俺の名は、真田志郎だ」
 こいつ、と槇を顎でしゃくって。
「こいつとは、古い付き合いだ。家が近所でね。もっとも、今は寮住まいだが。俺は地球連邦大学総合科学科在籍、18歳」
 よろしく、と差し出された右手を、黎那が握り返した。

「――なるほど、ね」
 黎那が言った。

「あんたの手足が合っていないことは、あたしにだって分かるよ。よくこんなになるまで放って置いたもんだね。動きにくかったでしょ?」
 と言われても、急にこの状態になったわけではなく。少しばかり、メンテナンスを先送りにし続けた結果がこうなわけであり、自分でもそろそろまずいなとは思っていた処だ。
「まあ、本人にしてみれば、単に一日延ばしにした結果なんでしょうけどね」
 言い当てられ、言葉に詰まった。
 黎那が含むように笑う。
「今日は覚悟した方がいいよ。たぶん、簡単には帰してもらえないから。源先生は自分の身体を大事にしないヤツは大っ嫌いでね。
 でもその代わりにね、ここを出る時には生まれ変わったみたいに動きやすくなっているはず。何しろ、ここは、このメガロポリスで一番腕の立つ、義肢装具工房だもん」
 黎那の言葉に、槇が大きく頷いた。
「もっとも口の悪さも天下一品だけど」
 黎那はクスクスと笑った。
「最高のクリスマスプレゼントを貰うための我慢だね」
 そう言って、片目を瞑ってみせた。
 移り変わる表情が、やはり人形ではないと主張しているようで。
 慌てた真田が工房をぐるりと見回すと、政之と目が合った。
政兄まさにいは源先生の一番弟子だよ。勿論、腕は折り紙付き」

 よろしく、と政之が両手を広げると、四角い顔の中、小さな目が細くなった。厳つい顔が急に優しげになる。

「おい、若えの。とりあえず、こっちに付け替えてみな」
 奥の扉から、義肢を手にした源一郎がのそりと姿を現した。

 丹沢製作所と出会ったことで、真田は己れの身体の制約から解放されることになる。
 神出鬼没と謳われた天才科学者のその活動を可能にしたのは、間違いなくその秀逸な義肢の存在であった。
 真田は生涯にわたり、己れの生命線とも云える義肢の製作を、この丹沢源一郎とその一番弟子である、光本政之みつもとまさゆきに委ねた。その信頼は一度として揺るがなかったと云う。

 そして、丹沢製作所で培われた技術は公開され、幕を開けた宇宙開発時代を支える礎のひとつとなった。

「ウチの界隈で騒ぎに巻き込んだ詫びだ」
 クリスマス・イブの朝、真田は芸術品のような四肢を受け取った。

 今までの義肢とて、特に不自由を感じていたわけではなかった。そういうものだ、と思っていたのだ。だから、新しいそれが自分用に調整されていくのを、ただただ驚愕の思いで見ているしかできなかった。
 技術の差を改めて見せつけられた。
 高度な技術が、可能性をもたらした。
 深々と頭を下げ礼を言う真田に、源一郎は相変わらずの愛想無しで、ふんと横を向いただけだったが。

「あ、雪」
 黎那が嬉しそうに窓辺に走り寄る。だが、見上げた空は真っ青で、雲ひとつない。
「風花かあ」
 それでも黎那は嬉しそうだ。

 この街には、めったなことでは雪が積もることはない。

「お天道様だって、時にゃ笑い泣きされるんだろうよ」
 珍しく、源一郎が笑みを浮かべて青空を見上げ。さあて、今日も仕事だ、と奥の部屋へと姿を消した。
 その後ろ姿にもう一度頭を下げ、真田は真新しい手をギュッと握った。

 そして今までに味わったことのない自由を手にした真田は、ひとつの決意を実行に移した。

 数か月後。
 3人がそこで顔を合わせたのは、果たして偶然か、必然か。

 宇宙戦士訓練学校の入学考査であった。

fin.
20 DEC 2010 written by pothos
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