めぐり会い
TO YMAMATO 第1章

時を駆けるお題よりー武士の時代no.29「天泣」
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代はヤマト以前、真田志郎を中心とした訓練学校時代の物語です。
オリキャラが登場します。
written by pothos
#01

 ひゅうと音を立てて西風が吹き抜けていった。
 2189年、初冬。
 今年は寒さが早い。本格的な冬将軍の到来も間近だ。
 街はクリスマス商戦待っただ中。赤と緑に彩られた大通りは賑わっていたが、この下町の裏通りは閑散とし、侘びしさが募った。
 通りを行く者はみな、襟を立て背を丸めながら足早に過ぎゆく。
 ただふたり。
 明らかに場違いな若者が、呑気そうに足を止めた。

「あれ? 休みかな。約束は確かに今日なんだけどな」
 佐藤槇さとう しんは首を捻った。
 仔犬を連想させる薄茶色の瞳が、きょろりと動く。幼さを残した顔の下には、若者らしい、だが少々細身の身体があった。高校の制服を着ている。白いボタンダウンのシャツに紺のブレザーを羽織り、ズボンはきっちりセンタープレス。

「――本当にここなのか? 槇」
 連れの若者が訝しげに辺りを見やる。
 名を真田志郎といった。
 『稀代の怪物』と評され、地球史に名を残すことになる偉大な男も、いまだ18歳の青年に過ぎない。
 落ち窪んだ眼窩から黒い眼がぎょろりと光った。長身であるだけでなく、がっしりとした体躯をしている。隣の友人より頭半分ほど大きい。黒い学ランについた襟章が、この国の最高学府に所属する者であることを指し示している。張り出した額が、知的さを演出していた。

 ふたり共に、繁華街の裏通りの更に入り込んだ路地というこの場に、その姿は馴染まない。通りを行く人間が、ちらと、或いはあからさまに視線を投げて寄越した。

「うん。場所は間違いないんだけどね」
 見上げた先には、薄汚れた看板があった。長の歳月、風雨の洗礼を受けてきた古木に、僅かながら文字を認めることができる。
 『藍刻堂』と読めた。
 どうやら時計店であるようだ。もっとも、その薄くなった文字からは、磨きこまれた老舗の貫禄というよりも、うらぶれてしまいどうにか店を開けるのがやっとと云う風情が覗えるばかりだが。
 看板の下にある扉は閉まっていた。『閉店中』とさえ、表示されていない。
「髭先生のところかな?」
 ひょいと、体を動かした。
 槇にはこういう迂闊なところが、少しばかりあった。
 通行人と接触し、続いて、ガシャン、と陶器の割れる音が路地に響いた。

「てめえっ。何しやがるっ」

 驚いた二人が振り返る。
 まだ若い男が鬼のような形相をしていた。
 チイッと大きな舌打ちをし、しゃがみ込み、地面に落ちた風呂敷包みを解く。幾つかの破片と化した、かつては壺であったモノが姿を現す。
 男は再び、舌打ちをした。

「す、すみませんっ」
 真っ青になった槇が慌てて頭を下げるが、男の表情から怒りは消えない。
「一体どうしてくれんだよ」
 憎憎しげに言い放ち、だが、頭を下げる槇の爪先から頭のてっぺんまでを舐めるように見ると、口の端を歪ませ、にやりとした。
 男が身に付けているのは、紫色の派手な柄のシャツにヨレヨレのパンツ。ボタンを外したシャツの襟元に金の鎖が見え隠れする。
「す、すみません。あの、」
 じろりと槇を一瞥した男が立ち上がる。
「これはなあ、大事なお人へのお届け物なんだぜ。どこにでもある代物とは、ちょいと違うんだ。これしかねえってえ品物なんだよ。ええっ? いってえ、どうしてくれんだいっ」
「そ、そんな大切な…あ、あの。僕、弁償を…っ」
 蒼白な顔をした槇が最後まで言い終える前に、真田が動いた。
「失礼」
 片膝を着くと、割れた陶器の欠片を2、3片、手に取る。
「勝手に触るんじゃあねえよっ。大事な代物なんだぜっ」
 男が怒鳴ったが、真田は気に掛ける風もない。
「たいしたものじゃないな」
 フッと笑い、立ち上がった。
「何だとっ」
 男が息巻いたが。
「量販店で売っている大量生産品だ」
 男は、チッとこれ見よがしに舌打ちをした。

「――随分、舐めた真似をしてくれるじゃねえか」
 舌なめずりをするように、男がねめつけた。真田の落ち着き払ったでかい図体が、勘に触った。
「俺を誰だと思ってやがる」
 男の声が、低くなった。
「――知らんな」
「もう一遍言ってみやがれっ」
 辺りを構わない大声に、通りの人間が振り返ったが、この若者は驚きもしないらしい。
「ぶつかった事は謝罪する。こちらの落ち度だ。だが、それ以上の必要はない。何しろ、これは元々割れていたのだからな。欠片の縁に埃が付着している。昨日今日のものではないのは間違いない」
 ぎょろりとした眼球が、落ちくぼんだ眼窩の中で光った。
「てめえっ」
 男が叫ぶと同時に、その頬を目掛けて拳が飛んできたが、真田は難なくそれを避けた。カッとした男は目をつり上げ、更に、二度三度と繰り出したが、全く掠りもしない。
 チイッと大きな舌打ちを吐き出し、男はポケットへ手を差し込む。
「志郎!」
 槇が短く、友の名を呼んだ。
「大丈夫だ、槇」
 落ち着いた声で友をいなしたが、男の手には、ナイフが光っている。
「謝るんなら今のうちだぜ」
 薄笑いを浮かべた男に、真田は答えもしない。
 四度目の舌打ちの後。
 真田は、突進してくる男からひらりと身をかわし様に、その腹に己れの拳を見舞った。ぐ、と男の口から呻きが漏れ、ふらりとしたものの踏みとどまり、ぺっと唾を吐いた。
「舐めやがって」
 薄笑いを消した男が、問答無用で駆け来る。
 二度目は躱しきれなかった。
 真田の腕に、深々とナイフが刺さった。男は、口の端を歪めにやりとすると、握ったナイフを倒そうとしたが。

 一瞬の後。
 男が訝しげな表情を作った。
 真田は顔色ひとつ変えることなく、男を見下ろしていた。

「貴様らっ。店の前で何をやっていやがるっ」
 空を割るような大声が響くと、ナイフを握った男の身体がびくりと跳ねた。
 随分とガタイのいい男が立っている。一目で事態を察したようだ。
「お天道様に恥ずかしかねえのかい」
 静かな声が、低く不気味に響いた。
「ま、政之さん…」
 怯えた男の手から離れたナイフが地面に落ちると、カランと音を立てた。
「この馬鹿野郎がっ」
 ――問答無用。
 男がひとり、地面に倒れ伏すのに、5秒とかからなかった。

「何があったかおよそ察しはつくが、おめえさん、大丈夫か」
「志郎!」
 男が振り返るのと、槇が駆け寄るのとが同時だった。
「え、ええ。大丈夫です」
 真田の破れた上着の袖から、血が伝った。
「とにかく、医者だ」
 応急手当をしようと真田の腕を掴んだ政之が、ん、と眉をひそめた。
「おめえ」
 顔を上げた。
「ええ。ですから、大丈夫です」
 真田は表情ひとつ変えていなかった。

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