めぐり会いTO YMAMATO 第1章
「とにかく、中へ入んな。手当てをしてやる」
そう言われて、丹沢製作所と書かれた扉をくぐった。
槇は慣れた様子で店の中へ足を踏み入れたが。
あの騒ぎに動じなかった真田の足が、入り口で竦んだ。
油の匂い。
研磨機の音。
人工筋肉の軋む音。
棚や作業台の上には、まだ骨格のみのものが無造作に置いてあった。
そこは、義肢装具を製作する工房だった。
職人らしい頑固そうな老人がひとり、こちらを見もせずに作業を続けているのが目に入った。
「源先生、こんにちは」
槇の声に答えたのは、老人ではなかった。
「あれ、槇? ごめん、もうそんな時間だった?」
作業台から顔を上げ、ゴーグルをはずしたのは、同じ年の頃の少女だ。
「
槇が親しげに近づき、手許を覗き込む。
「何やってるの?」
「関節部の玉磨き」
「へえ。すごいね。上手くなったじゃない」
少女から球を取り上げ、
「――それは嫌み?」
プッと先ほどの男が吹き出した。
槇の手先の器用さは並みではなかった。長じて、『神の手』と評されるようになる程に。
「そうじゃないよ。本当に上手くなったって。すごく綺麗な球体になってる」
「――あんたに言われてもねぇ」
納得しきれない表情は照れ隠しなのかも知れない。
少女の目は笑っていた。
「おめえさん、いつまでもそんな処へ突っ立ってないで、中へお入り。すぐに手当をしてやるから、上着は脱いでおいてな」
部屋の中央にある作業台を男が片付け始めた。
促され、入口で呆然としていた真田が我に返り、落ちつかない様子で歩き出した。
机で作業をしていた老人の手が止まり、歩き出した真田の姿を一瞥すると、目を細め、眉を顰めた。
「
槇が頭を下げる。
「そんなことは構わねえこった」
だがな、と政之は言葉を切った。
「あのなあ、槇。前にも言ったろう。ここへ来るときゃあ、そんな
「――すみません。もうそろそろ大丈夫かと思って…」
槇は、ぽりぽりと頭を掻いた。
困ったように薄茶色の瞳で見上げる姿は、当にカモがネギを背負った姿にしか見えねえ、と政之は思う。
「お前――。ここへ何度も来ていたのか?」
槇の横に立ち止まった真田は、驚きの表情が張り付けていた。
「おい」
突然に肩を掴まれ、真田がびくりと振り返った。
老人が、上目遣いに睨むように立っている。
真田が一歩後ずさる。
一見、何の変哲もない、どこにでもいるような小柄な老人であったが。
どこにそんな力が潜んでいるのか、相対する者を圧倒するだけの迫力を備えていた。その上、顔の下半分は髭に覆われており、今ひとつ表情がわかりにくい。
「上着だけじゃねえ。シャツとズボンも脱ぎな」
真田の表情が、動いた。
「俺の工房へやってきて、そんな釣り合わねえ手脚のままでけえせるかよ」
老人はそう言い放ち、奥の扉へと姿を消した。