継  承

#epilogue

 はらりと舞い込んできた落ち葉に気づき、柚香は立ち上がった。
 テラスへと続く大きな窓は開放してあり、そこから、秋風が滑り込んできていた。

 地球連邦図書館の別館には、児童コーナーが設置してある。
 収集を目的とする本館とは全く別の、子どもたちが、紙の本を楽しむ場所として。

 平日の昼。
 就学年齢の子ども達は学校へ行っている。就学前の子ども達は、きっと昼食の時間だ。
 児童コーナーはひっそりとしていた。

 柚香は青く澄んだ空を見上げ、開け放した窓を少しだけ閉めた。
 部屋の隅にいる男の子に声を掛ける。
「そろそろお昼よ?」
「え? もうそんな時間なの?」
 夢中になっていたことが、その表情でよく分かった。
 まわりには、幾つも読み散らした本が積んである。下校後に遊びに来る常連のその子とは既に顔なじみで、今日は何かの振替休日だそうで朝からそうしているのだ。
 お昼を食べていらっしゃい、と云えば、うん、と素直に頷き立ち上がった。

「ねえ、ゆう?」
 読んだ本を片付けながら、少年が振り返った。
「この本、読んだことある?」
 あまり厚くはない、しかし、簡単には読み終わらなさそうな本を手にしていた。
「あるわよ」
 ここに収蔵してあるものは、一度は目を通してある。
「あのねえ。これお母さんに買ってもらおうと思ったんだけど、どうしても見つからないんだ。どうやったら買えるの?」
 柚香の胸が、熱くなった。
「ごめんね。この本はどこにも売っていないわ。私が預かった原稿を、直接製本して造ったの。だから、これだけなのよ。ごめんなさいね」
 柚香の言葉に、男の子は明らかにがっかりした表情をしたが。
「なあんだ。これ、欲しかったんだけどな」
 そう云いつつ、名残惜しそうに本を棚に戻す。
「でも、これ、ここにずっとあるんだよね?」
 目をきょろり、とさせて振り返った。柚香は静かに頷く。
「じゃあ、また読みにくるからいいよ」
 ありがとう、と云うのはヘンだろうか。
「今度は、隣のえっちゃんも連れてくるね!」
 風のように駆け出した男の子を、「こら、走っちゃダメよ」と呼び止めて、手を振った。

 柚香は、棚に戻されたばかりのその本の背に、そっと触れた。

 一体、何人の子がこの本を手にしたかしら。
 ねえ、貴方?
 あの子、この本が欲しいんだそうよ。

 背表紙の著者名には、真田志郎と記されていた。

 テラスでは朱や黄色に色付いた葉を、秋風が散らしている。
 滞り無く、時は刻まれ。
 季節は巡る。

 物語は編まれ。
 読み継がれ、語り継がれてゆく。

 この星がここにある限り。

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