群 青** welcome home our chief **
格納庫は人で溢れ返っていた。
帰還したシームレス機の周りには、加藤三郎隊長を中心にして、艦載機隊の連中が張り付いている。工作班の連中は、艦載機隊の後ろに用意したストレッチャーを囲むように集まっていた。
どちらの班の連中も、皆、班長の帰還を固唾を飲んで待っているのだ。
俺はその後ろに立った。
シームレス機のフードが開き、古代戦闘班長が飛び出してくると、艦載機隊の連中から歓声が上がった。
ああ、加藤が嬉しそうに古代を小突いている――。
“戦闘班、艦載機隊”。
あいつらもやっぱり、チームなんだな。
そして。
我がチームのリーダーは――
何だ。煤だらけじゃないか。
工作班員の視線は、班長に釘付けだ。
息を潜めるようにして、班長を見つめる。青い宇宙服が動いたように見え、皆の目が見開かれた。
古代は加藤の手を借りると、班長を下ろそうと身体を抱え上げた。
班長が怪我でもしているのかと、ざわめきが広がった。
その班長の姿が露わになった途端、それまでわいわいとしていた艦載機隊の連中までもが、まるで水を打ったように静まり返った。
真田班長が四肢共に義肢だと知っていた者も、知らなかった者も、その姿に誰もが息を呑んだ。
古代と加藤が動く度に、ひらひらと、宇宙服の端が揺れる。
班長の宇宙服は、袖と足許の裾がだらりと下がり、そこにあるはずの物がなくなっていることを強調している。
皆の上に痛ましそうな表情が浮かんだ。
古代と加藤が、班長をストレッチャーに乗せる。
息を呑んだ工作班員たちは、その周りを取り囲んだまま、だが、声をかけるのを躊躇う。
加藤が班長の背を支えながら、無言で俺の方へ視線を流した。
その時だ。
「班長おおおおおお!」
突然の叫び声に、誰もがその声の方を振り返った。
もの凄い勢いで須藤の奴が駆け込んできた。
きっと、補修作業の後始末を最後までやっていたんだろう。一刻も早く班長の無事な姿を見たかったんだろうに。須藤は、そういう奴だ。
その姿に班員たちが我に返った。
「「「班長おおおお!」」」
「無事なんですかっ!」
「怪我はないんですかっ!」
思い思いの言葉を口々に叫びながら、誰もが、班長にむしゃ振りついた。
班長は、煤だらけの宇宙服を脱がせてももらえず、寄ってたかって、揺すられて抱きつかれて。
お前たち、それじゃあんまりだろう。
すい、と俺は一歩を踏み出した。
すると、それと気付いた艦載機隊の連中が道を空けてくれた。工作班の連中も、またそれに倣う。
まるで漣が広がるように、班長までの道が一本できた。
俺はその道を進んだ。
班長へと続く、その道を。
そして、班長の前で立ち止まる。
ねぇ班長。
俺たちは貴方の才能にだけ、ついていこうとしているんじゃないんですよ?
まさか、そこんところ、ちゃんとわかっているんでしょうね?
そう思いつつ手を伸ばし、班長のヘルメットをはずす。
いつもと同じ、いかつい班長の顔が現れた。
「まったく、皆がどれほど心配したのか、わかっていますね?
無茶をするのは、これっきりにしてください」
班長の顔に戸惑いが浮かんだ。
あぁ、この人はこんな顔もするのか。
「ま、こうして無事に帰ってこられたんですから、今日の処はこれで良しとしましょうか」
俺は晴れやかな気持ちになって、笑った。
今、貴方に伝えたい言葉は、ひとつだけだ。
「おかえりなさい、班長」
その言葉が合図になったように、班員たちが口々に言った。
「「おかえりなさい、班長」」と。
班長は一瞬目を瞠り、それから少しだけ照れくさそうに笑い、
「ただいま」と応えた。
「班長っ。俺が、班長の手にでも足にでもなりますからっ。もうこんな無茶はやめてくださいっ」
須藤の涙声がひときわ大きくなった。
おぉ。そうだ、そうだ。もっと言ってやれ、須藤。
班長が二度とこんな真似をしないようにな。
再び班員たちにもみくちゃにされている班長は、何だか嬉しそうだった。
きっと工作班(おれたち)は地球へ帰るまで、いや、地球の放射能を取り除くその日まで、この班長の許、一丸となって戦い続けるだろう。
たとえ最後の一人になろうと、決して諦めることなく。
ですが、班長。
逝ってしまった人間への責を、貴方がひとりでとる必要はないんです。そんなことは、誰にもできはしないんですから。
だから、この戦いが済んだら、貴方も自分の幸せを探してください。
そんなことを言えば、きっと貴方は一笑に付してしまうでしょうが。
須藤が気付いたんです。
貴方がいつもデスク上のラックに置きっぱなしにしたままのあの本に。小さな青い押し花の栞が挟んである、あの碧い表紙の文庫本です。
貴方は忙しくて手に取る暇もなさそうですから、もしかすると気が付いていないのかもしれませんがね。
須藤は嬉しそうに、こっそりと俺に言いましたよ。
「あれ、きっと班長の無事を願っての贈り物だと思います。
栞に付いてる小さな花は勿忘草(わすれなぐさ)だし、何よりあの本、上巻だけだから」
俺も、須藤の意見に賛成です。
班長。
貴方を大切に想うその人のためにも、皆揃って、あの星へ帰りましょう。
ですから、くれぐれも、無茶はこれっきりにしてくださいよ。
西暦2200年1月。地球の滅亡まであと、260日あまり。
バラン星まで、あと僅かである。
08 OCT 2009 pothos拝