群  青
** welcome home our chief **

#02

「真田工場長を発見しました! 真田工場長は、無事ですっ! これから、ヤマトへ帰還します!」

 古代戦闘班長からの報告に、工場に集まっていた班員たちからどっと歓声があがった。
「やったあ! 班長が帰ってくるぜ!」
「やっぱり、あの人は不死身なんだよな!」
「班長の辞書に不可能の文字はないぜ!」

 口々に班長の帰還を喜ぶ言葉が発せられる。
 隣の奴の肩を叩き合って喜ぶ奴。抱き合って涙を流す女性班員たち。ひたすら、頷いている妙な奴もいる。
 そして、皆、我先にと格納庫へ向かい始めた。

 気付けば、俺は笑んでいた。
 皆のそんな様子が、ただ嬉しかったのだ。

 いつの間にか、男がひとり横にいた。
 ギュッと口を一文字に結んで、泣きそうな顔で立っている。
 男にしては小柄なそいつは、実直さをそのまま絵に描いたような、けれどどこか愛らしい風貌を持つ、まだ若い男。
 潤んだ瞳で俺を見上げた。

「藤咲さん、班長が無事で、良かった、です。俺、俺――」
 そう言うと、そいつは堪えきれなくなって溢れる涙をごしごしと袖で拭った。

球アイコン

 須藤という名の、この年若い男はまだ18だ。
 年齢は古代戦闘班長たちと同じだが、同じようにエリート教育を受けてきたわけではない。つまり「箱舟」の為に育てられた奴ではない、ということだ。
 だから「箱舟」のメンバーではなかった。イスカンダル出航が決定されてから、波動エンジンの為に急遽集められたメンバーのひとりだ。

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「俺、真田班長のこと、好きになれません」
 冷めた目でそう言ったのは、確か、地球を出発して間もなくの頃だった。

「班長が天才なのは認めますよ。
 でも、あの人、自分一人がいれば何でもできると思っているんじゃないですか? 開発からテスト、それに改良まで全部自分でやらなきゃ気が済まない。
 俺たちは、あの人にとって、生きた手足でしかないんですよ。
 それを、ご大層にみんなで持ち上げちまって。ここ、真田教の集団じゃないすか。薄気味悪いっすよ」
 本音が覗いたのか、終いの方は言葉がぞんざいになっていた。
 郷里が近いためか、どうやら俺には話しやすいらしく、時々はこうしてぽろりと本音を漏らすこともあったのだ。
 返事が欲しかったわけではないらしく、彼はそう言うと俺に背を向けた。

 彼らとの温度差は、俺も気にはなっていたところだ。
 彼ら――つまり、後乗り組、だ。

 このヤマトへの乗り組みを命じられた当初、「箱舟」の事実を知らされていた人間は多くなかった。
 だが、例外として技術系の人間には、厳重な箝口令ととともに早い時期から知らされていたのだ。何しろ、「戦うためのだけの艦」でないことは、明白な事実としてそこにあるのだから隠したところで無駄というもの。
 だから、人選も厳しく行われていたし、集められた仲間たちの結束は堅かった。

 それが、あのイスカンダルからの使者によって全てが変わってしまった。
 新しい波動エンジンを組み立てるために新たな人材が集められたが、この須藤は、中でも優秀な男だった。
 だから、この艦が何の目的で作られていたのか、いつしか気付いていたのだろう。そして、そこから外れている疎外感が、班長への不信感としてつのっていったか。

 班長はその事に気付いていたが、特に言葉をかけるでもなかった。特別扱いもせず、誰にも同じように接していた。
 俺は気にかけつつも、日々の任務に追われ日ばかりが過ぎた。

「『お前は作業だけじゃなくて、道具の扱いも丁寧だな。お前の当番の時は安心して任せられるよ』って、班長に言われたんです。――案外、ひとりひとりのこと見てるんすね、あの人」
 須藤がぼそりとそんな事を言ったのは、いつだったか。そんな些細なことの積み重ねがあり。

 そして、戦闘の最中、班長に怒られたと涙を流していたのは、少し前のことだった。
「あの隔壁が動けば被害が一区画少なくて済むから、だから、動かそうと思って。俺――」
 炎の中に飛び出そうとした須藤を取り押さえたのが、真田班長だったそうだ。

『ばかやろうっ! 艦は修理をすれば、また動くようになる。だがな、お前の命は修理できやしないんだ。
 自分の命をもっと大事に考えんかっ!』

 ひどく貴方らしい言葉ですがね。須藤がどれだけ嬉しかったか、きっと貴方は知らないでしょう。
 済みませんでした、と戦闘後に謝った須藤は、更に班長から言葉を貰う。

『地球で待っている家族には、お前の代わりになる人間なんかどこにもいやしない。
 命を無駄にするな。必ず、生きて地球へ帰るぞ』

 あれから須藤の奴、あまり無茶はしなくなりましたよ。
 あくまでも“あまり”ですけどね。

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「俺、補修に行った連中に、班長のこと、知らせてきます!」
 泣き笑いのまま走り去っていった須藤の後ろ姿が、俺には嬉しそうに見えたのだった。

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