群  青
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時を駆けるお題よりー武士の時代no.08「龍の棲む」
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代はイスカンダル往路。「Part1」第18話−浮かぶ要塞島!! たった二人の決死隊!!−のサイドストーリーです。
オリジナルキャラが登場します。
written by pothos
#01

「ヤマト艦首上甲板、第一装甲板剥離」

 俺、藤咲恭一郎ふじさききょういちろうは少し前から異常を告げていたデータを、手許のモニタで再確認する。
 大丈夫、想定内の値だ。

「工作班、直ちに補修に向かいます。直接、工場にて指示を出してきてよろしいでしょうか」
 俺は振り返り、沖田艦長の判断を待った。
 歴戦の武者である艦長は常と変わらぬ様子でうむと頷き、「くれぐれも用心を怠らないように」と言った。
 俺は工場への通信回路を開き、工作班員たちに準備をして待つように伝えると、一礼して第一艦橋を駆け抜け、エレベータに乗った。

月ライン

 エレベータの扉が閉まり第一艦橋が見えなくなると、思わずふぅと大きな息をもらした自分に苦笑する。
 やはり、あそこに座るのは骨が折れる。俺には工場の方が似合っている。
 俺が第一艦橋で技師長席なんぞを温めている理由は、ただひとつ。ここに本来居るべきはずの人間−真田志郎工作班長が不在だからだ。

 イスカンダルを目指し地球を出発したのは、2199年10月9日。今から3か月程前になる。次から次へと襲い来るガミラスとの戦いを思い起こすと、既に数年分の経験をしたような心持ちになるが。
 だが、予想外の戦闘に次ぐ戦闘によって、航行予定には遅れが出ていた。予定通りなら、中間地点といわれているバラン星を過ぎているはずだった。

 そして、ここへ来てのまたの妨害。
 敵ガミラスの宇宙要塞から放たれるマグネトロンウェーブによって、ヤマトはまたも行く手を遮られてしまったというわけだ。
 現在、古代進戦闘班長、真田工場長のふたりが要塞島爆破の作戦遂行中である。
 だが、要塞島に乗り込んだはずの彼らからの連絡は、途絶えたきりだ。

球アイコン

 腕を組み、俺は後ろの壁に背をもたせかけた。
 目の前の扉は鈍く光り、そこに薄ぼんやりと自分の影が映っている。
 堂々たる偉丈夫とは言い兼ねる少々痩身の俺だが、あの班長と並んでもそう見劣りはしない程度にはでかいし、鍛えてもいる。「無駄にでかい工作班コンビ」などと言う奴もいるようだが、あの班長の許で働く以上、絶対に体力は必要だ。
 何しろ「戦う工作班」の異名を頂戴したくらいだからな。

 しかし、この艦を踏み潰そうと次から次へと新たな手を考えてくるガミラスのしつこさには、頭が下がる。あれだけの科学力を持ちながら、何故地球に、このヤマト一隻にこうも拘るのか。
 俺たちは、何もガミラスを打ち倒そうっていうんじゃないんだ。たった一隻の艦など放って置いてくれてもよさそうなものだが。ガミラスってのはそれほど閑なのか? 或いは、異星人にも「威光を示す」なんて観念があるのか。
 或いは――班長のあの言葉――「地球への移住を考えているのかもしれない」という一言が、真実なのか。
 はっきりとした証拠があるわけじゃないが、あの班長が口に出した推論だ。単なる当てずっぽうであるはずがない。

 それにしても、班長たちは遅い。一体、何が起きているのか。
 イラッとする気持ちを奥歯で噛み潰した。待つことには慣れている俺たち工作班とはいえ、今回ばかりは誰もが言い知れぬ不安を抱えている。
 足許の床がなくなり、真空の宇宙空間に漂っているような、そんな不安を。
 理由はひとつ。あの班長が失われてしまうかもしれない、という状況にに直面しているからだ。

 真田班長さえいれば。

 それは、絶対ともいえる信頼。
 工作班の連中は勿論のこと、この艦の誰もが持っているだろう無意識の安心感。
皆が、古代戦闘班長に寄せるものとは少しばかり質の違う、もの。この3か月の航海で真田工作班長自身が作りあげたものだ。

 班長が失われることなど、誰にも想像できない――。

月ライン

 真田志郎。工作班班長、28歳。

 俺がこの天才に出逢ったのは、もう何年前になる?
 配属先である第三ドッグの技術長だった。
 挨拶にいくと、にこりともせずギョロリとこちらを見た。その眼光の鋭さは、今でもはっきり覚えている。
 まあ、出逢ってからの時間の長さはあまり問題ではない。出逢ったということが重要なのだ。

 こうして本物に出逢ってしまえば滑稽以外の何者でもないが、その昔はこの俺も天才だの、神童だのと呼ばれていた事があったのだ。自身そう信じていたし、宇宙科学の道を志した後は、俺がこの手で道を切り開いてゆくのだと確信し、疑いもしなかった。
 だが、果てしない宇宙に希望を感じていられたのは、あの遊星爆弾がやってくるまでだった。
 宇宙開発研究所にいた俺にはそれだけの知識があり、それを知ることができる立場にいた。だから、地球と謎の敵の間にある絶望的な科学技術の差が、はっきりとわかった。
 どうやったって敵うわけがないと悟ったあの時、比喩でも冗談でもなく、俺は目の前が暗くなった。

 こんな奴らを相手にして、どうやって戦うというんだ?
 勝つ手段がどこにある?
 俺たちは、これからどうやって未来を作ったらいいんだ!?
 誰か教えてくれ!

 だが、俺の叫びに応えてくれる者はいなかった。
 それどころか、まわりにいる奴らは当然の様に俺に期待をした。「天才なら、どうにかしてくれるだろう?」と。
 一体俺に何ができるというのか。俺にわかることといえば、「この敵には敵わない」ということだけだ!
 大声で叫びだしたい衝動を、俺はかろうじて抑えた。
 俺にだって、まだプライドがあった。今の地球にはこの敵に対抗する術はどこにもない、などと口が裂けても言えるものか。だが、俺にはどうにもできないのも、また事実だった。
 俺は、初めて絶望という淵を覗き込んだ。
 そこに底はなかった。

 そして。
 俺は、逃げた。己れの絶望から、ひたすらに逃げた。研究所を辞め軍に志願したのは、まだ希望を捨ててはいないのだ、と思いたいがためだった。
 だが、そんなことで自分を騙し通すことなどはできない。軍の惨状は、再び俺を絶望に陥れた。
 ヤツらには、敵わない。

 そんな時、俺は真田志郎という男に出逢った。
 「天才」とは、こういう人間をいうのだ。
 目を瞠るような思いで、そう感じた。
 俺にはできないことをやってのける才能を持っている人間がいたのだ。俺はその才能を憎むことも、羨むこともなく、ただ、安心をした。

 俺よりもできる奴がここにいた。
 俺にもできないことを、やってのける奴がいた!

 そうして、俺は自分の絶望と希望を、彼に託した。

 それがどれほど卑怯なことか知っていたのに。

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