輝くとき** 憧れの真田先輩 **
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。「2199」ではありません。
宇宙図書館の6thBOOKFAIRにJay様が描いてくださったイラスト「憧れの真田先輩」とコラボさせていただきました。
真田志郎に恋したオリジナルキャラの物語です。
あふ、と欠伸を噛みながら、両手を挙げて伸びをする。
もう少し寝ていたい気がないわけじゃないけど。もそもそとベッドから這い出るとブラインドの隙間から外を覗いた。
まだ明けたばかりの空は薄紫色で、そのグラデーションが美しい。目が覚めたような気になる。ふふ。早起きの特権ね。
顔を洗って歯を磨いて着替える。支度にかかるのは、まあ数分というところ。
いくら技官といえど、軍人だから。食べるのと着替えが早いのは、もう習慣。
さて。
行こうか。
この靴ひもを結ぶのって、結構好きよ。一日が始まる、って感じがするじゃない?
だから、こんな手間のかからない便利なシューズもあるけど、朝のジョギングにはやっぱりこれなのよね。
ああ。いい気持ち。
朝の空気は美味しいし。
あれ? 雀かな? うーん、姿は見えないなぁ。最近、小鳥の種類も増えたから、知らないのも結構いたりして。それを探すのもまた楽しみのひとつなんだよね。
二日ぶり。
研究室にいた時は毎日走れたんだけど、今は工場勤務だから。夜勤とかもあって、毎朝走れるわけじゃないのは仕方のないこと。だから、走れる時は走る。
最近、身体が固くなった様な気がするのは気のせいじゃないと思う。もしかして、年齢ってこと? うわ、それは考えたくないけど。でも、もう30も間近だし、無視するわけにもいかない、か。だって、年をとらない事はあり得ないんだしね。
少し、柔軟に時間を割くべきかな。今度、インストラクターに相談してみた方がいいかも。「その時」に使い物にならないなんて、笑えないもんね。
ま。「その時」がいつ来るのか、或いは来ないのか。なんてこともわからないけどさ。
でも、過去にもう3度、「その時」が訪れている。侮っちゃいけない。
さて、準備オーケー。
うん、調子は悪くない。身体が軽い感じ。
ザッザッと地面を蹴る足音が一定のリズムを刻み始めると、だんだん意識が広がっていく。なんて言うと不思議がられるけど。皮膚とか、聴覚とか、視覚とか。五感と云われるもので感じるだけ。頭は――あんまり使わないよね。
自然って凄いと思うのは、こういう時。
地球の環境が自然なら、私の体も自然。
自然と自然が共鳴している。
そう実感できる。
毎日、ではないけれど、同じ時間に同じコースを走る。もちろん、そのコースは一通りだけじゃないけど。
同じルーティンを繰り返す。それを退屈だとは思わない。感覚を研ぎ澄ますための訓練なのだから。同じルーティンだからこそ、ほんの僅かな昨日との違いにも気付くことができる。
――実は、何だか今日はドキドキする。いつもと違う何かが起こるのかも。
五感、っていうよりも、第六感、かな。
それが何かまではわからないけど、何だか胸の奥で警報が鳴っている感じ。
でも、それは嫌な感じじゃない。
予感、というにはもっともっと小さな何か。
――期待?
ううん、それとも違う。何だろう、ね?
今は自分でもわからない。
あ。
風が、昨日とは違う。
季節が移ろう、徴(しるし)だ。
きっとあの土手を上がれば、もっとはっきりする。
ほら。
土手を越えれば、ここは遊水池。メガロポリスを支える水瓶と、いざという場合の、つまり、荒れ狂う水が街を破壊しない為の逃げ場が確保されている。もっとも、平時には豊かな葦原が広がっているだけだけど。
地球環境は回復しつつあるっていうけれど、自然は手強い。イスカンダル科学を得た現在でも、思いのままになりはしない。気候はまだまだ不安定だ。
自然は、偉大だよね。
見渡す限りの芦原。建造物といえば、人口湖にある水門だけ。
山から下りてきた川がここで合流し、海へと向かって流れ行く。科学局の保護の許、野鳥や昆虫や植物が、豊かに生育する場所。
自然は再生しされつつある。
ホント、自然は偉大で、そして逞しい。つい数年前まで、ここに赤い土が広がっていたなんて思えないもの。
これも、みんな、ヤマトのお陰。
先輩の、努力の賜よ。
さあ、あの水門で一休みしよう。
少しずつ、クールダウンして。身体を冷やさないようにしなきゃね。
あそこは、人工湖を渡る風が吹いてくる特等席だもの。
まだ誰もいないこの場所を独り占めできるひとときだから。
あら?
誰かいる?
――珍しいな、こんな時間に。
え。
まさか。
うそ、でしょう。
でも、私があの人を見間違えるなんてこと、あり得ない。
あれは、彼、だわ。
でも。
うそ、でしょう?
足が止まった。
私はこれ以上ないってほど、驚いた顔をしていたと思う。
心臓の動く音が聞こえる気がした。
そっと、自分の手を胸に当てた。そうしないと、心臓が急に止まってしまいそうな気がしたから。
「相変わらず朝走っているんだな」
水門にもたせかけていた背を離し、私を見た。
やっぱり先輩に間違いない。
何年ぶり、だろう?
尊敬する、憧れのひと。
誰よりも、誰よりも憧れたひと。
言葉が出てこなかった。
胸の鼓動だけが、時を数えてる。
「今度、惑星探査に出ることになった」
先輩の目は、私を真っ直ぐに見ている。
「君の力を貸して欲しい――」
私は息を呑んだ。
待っていた。待っていた、この言葉を。
10年の間、ずっと。
貴方のこの言葉だけを――。
「真田先輩…」
真田先輩の峻厳な、でも、ほんの少し照れくさそうな表情は、あの頃と少しも変わらなかった。