輝くとき** 憧れの真田先輩 **
幕之内先輩は、まだ笑っている。
そうか、知っていて、ずっと見守ってくれていたんだ。
そう気がついた。
「自分にできることを増やそうと思ったんです」
うん? 幕之内先輩は、優しい目をして聞いてくれる。
最初は、朝走ることから始めたっけ。
走ってすぐにどうなるものじゃないのは分かっていたけど。
でも、走ってみて驚いたのは、真田先輩もそうしていたこと。
朝、いつも同じ場所で先輩とすれ違った。
「おはようございます」
「おはよう」
交わした言葉は、たったそれだけだったけど。
先輩が卒業するまでの1年間、ずっと続いた習慣だった。
勿論、先輩が卒業してからも続けたけどね?
「あのままじゃ、私は何もできないと思ったんです。
先輩に追いつきたかった。同じ事をしたかった。
でも、途中で気が付いたんです。このままじゃ、一生かかっても私は先輩に追いつけない。先輩の敷いてくれた道を、遙か後ろからついていくだけ。
私は先輩の後ろを付いていきたいわけじゃないから。
隣に並んで、って言ったら図々しいかもしれないけれど、先輩と同じ景色を見たいと思ったんです。それができたら、って」
幕之内先輩は、そうか、と穏やかに微笑んでくれた。
「だあれと同じ景色を見るって?」
そ、その声は!
「れ、
「まさか、あたしと同じ立場に立ったと勘違いしてるんじゃないでしょうねえ?」
うわ、先輩。お願い、首を絞めないでっ!
相変わらず綺麗な顔立ちで、相変わらずの毒舌!
でも、真田先輩の次に、ううん、真田先輩と同じくらい尊敬している先輩。
「黎奈ぁ。それ以上いじめたら可哀相でしょ」
「
うわあ、すごいっ。槇先輩まで一緒なんて! そうか、ずっとみんな一緒だったんだ!
「久しぶりだね、菜摘ちゃん」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
あの頃、私の目には真田先輩しか映っていなかった。もちろん、先輩が天才だって事は変わらないけど。でも、素晴らしいのは先輩だけじゃなかった。
総合科学という分野を専門にする以上、先輩はどの分野にも秀でてはいたけれど、たとえば、黎奈先輩にマスターコンピュータのプログラミングをさせたら右に出る人はいないし、造船技術と設計にかけては槇先輩はピカイチの腕をお持ちだ。
ひとりではできないことも、チームが一丸となればその力は何倍にもなる。
当たり前のことだけど、いくつもの戦いを経て、私が再認識したことのひとつ。
人は、ひとりではないのだ、ということ。
「まあ、ね。検査機器の開発ったら、あんたを抜きにはできないからね」
うわあ。すごい、黎奈先輩がほめてくれてる。うっそみたい。
「黎奈が誉めるなんて、うそみたいだよなあ」
ま、幕之内先輩ってば。やっぱり、“読む”のに長けた人だよねえ。
「さ、食べ終わったら技術班のみんなと顔合わせだからね。行くよ!」
黎奈先輩が立ち上がる。
「志郎もさ、君が参加するのを楽しみにしてたんだよ」
槇先輩がウインクをした。
入り口で振り返ると、幕之内先輩はテーブルに頬杖を付いたまま、手を振ってくれた。
「がんばれよ」
声は聞こえなかったけど、そう言ってくれたのは分かった。
大丈夫。
私には、私のするべきことがあるもの。
美弥は、ガミラスとの戦いが始まった頃に、逝ってしまった。
第3基地に落ちてくる遊星爆弾を破壊しようとして、艦ごと爆発した。
梨佳も同じ艦に乗っていたから。
白兵戦が得意だったくせに、戦艦なんかに乗り込んでいたのは、基地にいた先輩を守るためだったのかな。
先輩と美弥がどういう付き合いをしていたのか知らないけど。
でも、ね。美弥。たとえ、恋人にはなれなくても、それでも必要とされる人間にはなれたよ。
私なんか、ってもう言わないよ、梨佳。
え? 今からでもアタックしろって? 私なんかって言ってるって?
やだ、違うのよ。
私、見ちゃったの。たぶん、あれは先輩の大切な女性だと思う。
一緒に市場で買い物をしていた。
あんな先輩は見たことがなかった。優しい、穏やかな顔をしていたよ?
ああ、先輩、幸せなんだなぁ、って思っちゃった。
ショックじゃないっていえば、まあ、嘘にはなるかもしれないけど。
でも、大丈夫。
心配しないで、梨佳。
美弥。
貴女の分も、私が守るよ。
だって。
やっぱり、憧れの真田先輩、だもの。
17 FEB 2011 ポトス拝