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科学局にある自室の窓辺に佇み、真田志郎は空を見上げた。
澄み渡った青い空を望む眼差しは鋭く。その先に、太陽が
徹夜明けの瞳にそれは眩しく。真田は目を細めた。
時を遡ること1年。
46億年前の誕生以来、惜しみなくその光を注いできた母なる太陽が、この小さな惑星に牙を剥いた。
太陽の核融合異常増進。
地球連邦大学宇宙物理学部長であるサイモン教授が、警告を発した。
超新星化した太陽に、いずれこの星は呑み込まれるであろう、と。
灼熱地獄と化するこの星に、人類が生存し得るのは1年。
地球防衛軍長官・藤堂司令は、人類が移住するための惑星探査の任を宇宙戦艦ヤマトに課した。
真田はこの航海に於いて、引き続きの工作班班長に加え、新たに副長を拝命した。
10か月に及ぶ航海の果てに、ヤマトは新たな地球となる星を見つけることはできなかった。だが、偶然に訪れたシャルバート星で受け取ったハイドロ・コスモジェン砲によって、太陽制御に成功したのだ。
あれから2か月。
滞り無く時は刻まれ。季節は巡り。
だが。
地上に葉を染める木々は、無いに等しい。
真田が視線を落とした先にあるのは、重機だった。
科学局玄関前の地面を掘り起こしているのだ。
大きなショベルが、白みがかった土をトラックへと載せる。
草一本、生えてはいない。
あれほどに灼けていては命を育むことは不可能だろう。
真田はわずかに眉根を寄せた。
何の前触れもなく、扉がノックされた。
「どうぞ」
真田が言う。
「失礼します」
それが藤咲であることはわかっていた。この扉へ辿り着くためには、秘書室を通過しなければならない。秘書室からの連絡無しにノックひとつで入ってくる人間は、この付き合いの長い部下だけだった。
「お疲れさまでした」
藤咲が差し出すカップを受け取る。
珈琲の香りが、ひとときの休息を告げた。
「昨日までに現状調査がほぼ終了しました。若干の修正は必要ですが、想定の範囲内です。復興計画は予定通りでいけるでしょう」
「ご苦労だったな」
真田に
ヤマトの工作班、班長・副班長を務めるこのふたりの場合、旅が終わり、地球へ帰還してからも任務が途切れることはない。あの29万6千光年の旅を終えた直後から、イスカンダル技術に一番間近に接した専門家として、帰還後も休むことなく地球復興計画に尽力してきた。それは、戦いの度に繰り返され。
そして、今回もまた。
ヤマト工作班はそのほとんどの者が休暇も取らずに、復興活動に奔走していた。数少ない、シャルバート科学に接した者として。
長である真田と藤咲に於いては尚の事。
「また、秋になったはずなんですがね」
藤咲は建造物しかない風景に目をやり、口の端だけで笑った。
1年前。
ヤマトの改装は、深まり行く秋の中、日本アルプスの山中で行われた。
朱や黄に染まった木々に見守られながら、惑星探査用として着々と出航準備を整え。ようやく触れることが可能となった雪を散らしつつ、ヤマトは暁の発進をした。
ようやく。
放射能汚染から回復しつつあったこの星は。
再びの地獄を見た。
やっと若芽をつけるようになった木々も。あの見事な紅葉もみな、灼熱の炎に焼かれ。
地上には無惨に焼けただれた建物だけが、残った。
シャルバートより譲り受けた技術の中に冷却装置が含まれていた為、地球は速やかに適温へと戻りはしたが。地上の復興は、また別の話だ。
“地球再生プログラム”が、再び始動する。
「主要各国のみとはいえ、今回の調査は早かったな」
真田が言えば。
「皆、初めてじゃありませんしね。そりゃ、手際も良くなろうってもんです」
藤咲が苦笑で応えた。
勿論、前回の暗黒星団帝国戦における占領−開放後の活動が大いに役立っているわけだが。とはいえ、これだけ異星からの攻撃が続けば避難にも調査にも、全地球的規模で慣れようと云うものである。
「今度こそ、長の平和の到来を望む声は大きいですがね」
「まあ、次はいつだ、と危ぶむ輩もいるだろうな」
顔を見合わせ。
真田がフッと笑った。
「もっとも、この星の自然はなかなか思い通りにはならんがな」
大自然への畏怖。
それは、自然の中で育った真田の身の裡にくっきりと刻み込まれている。
人類にとって、自然は太古の昔から、豊かな恵みと同時に、人には計り知れない厄災をもたらす存在でもあった。
自然は人の思うがままにはならない。
それは異星の高度な科学技術をもってしても、克服できはしない。
大自然の脅威の前に、未だ為す術を持たない我が身とその科学力が口惜しく。だが、その一方で、己れにも征服できない脅威が存在することに、そして、それが人間の暴力によるものでないことに、微かな安堵感を覚えてもいた。
あ、と藤咲が何かを思い出し、だが少しばかり口ごもった。
「何だ?」
「あの、バーナード星で救助した山上トモ子さんが、無事に出産されたと」
ほう、と真田が明るい表情をしたのは一瞬。
「風土病は?」
「ええ。母子感染はなかったとのことで。可愛い女の子だそうですよ」
良かったな、と笑んだ顔には影が差していた。
「――まだ、話してないんですか」
「――時間がなくてな」
藤咲の苦笑に、真田が顔を背けた。
藤咲は、肩を竦める。
「傷を癒すのに時間は有効ですが、時間を置くとこじれることもあるんですがね」
ごちそうさまも言わずに、ぐいと差し出された珈琲カップを、藤咲が受け取った。
「今日、明日なら、貴方が休んでも大丈夫ですよ」
「?」
「先日、あちらでお会いしましてね。学会だそうで。まだ、あまり顔色が良くなかったようですが」
真田は無言のまま。
「行ってきたらどうです? 地球の裏側までなんて、4時間もあれば十分ですし。たしか、今日か明日までじゃありませんでしたかね」
「藤咲」
余計なことを、と言いかけた真田だが。
「胃潰瘍初期、だったそうですよ」
その目が、見開かれた。
藤咲は空のカップを秘書室の食洗機に入れると、秘書に声を掛けた。
「ボスは今日の午後と明日は休みだから、よろしくね」
驚いて顔を上げた彼女に、藤咲はウインクをひとつ飛ばし、部屋を後にした。