継　承

(1) (2) (3) (4) (5)

　＝prologue＝

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　「う、わあ…」
　それを見上げた少女は、こぼれ落ちそうな程にその黒い眼(まなこ)を見開いた。
「すごい…」
　驚きの後。
　その頬が紅潮してゆく様に、父親は目を細めた。


　地球連邦図書館の一室で。
　収蔵された、膨大な資料を目の当たりにし。
　幼い少女は、紙と云う物質の持つその存在感に圧倒されていた。


　高い天井まで届く書棚。
　そこに並べられた書籍たち。
　ぱらりとページをめくる音さえもが聞こえそうな静寂と。
　間接照明によるあたたかな明かりの許。
　微かな埃の匂いは本の香りとして、少女の記憶に刻み込まれた。

　部屋の中に点在する、それらを手に取る者たちは。
　手許を照らす白い光に包まれ。
　まるでそこだけが別の空間であるかのように。
　己れの世界にのみ、佇んでいるように思えた。


　少女は。
　ただ、そこに存在するものを知りたいが為。
　まだ見ぬものに触れてみたいが為。
　その好奇心のままに。
　小さな白い手を、そっと動かした。


　「柚香」
　少女は、ぴくりと動きを止める。
（なあに？）
　いつもならでてくる言葉を口にのぼらせることもなく。
　ただ、首を傾げた。

　「ページを折ったり、汚したりしてはいけないよ」
　背の高い父親を少女はじっと見上げ、こくりと頷いた。
「君はまだ小さいのだから、本を読むときは机を使うこと」
　再び、頷く。
「本は１冊ずつ持ってくること。読み終えたら、元に戻すこと。わからなければ、お手伝いロボに聞くこと」
　三度(みたび)、頷いた。
「約束できるね？」
　一瞬の間を置き。瞳を輝かせた少女が頷く。


　父親は娘の頭に手を置き、屈み込んだ。
「ここにあるものはね、皆が次代へと繋ごうとしたものなのだよ」
「――つなごうとしたもの？」
「そう。知の結晶とも呼ばれる人類の偉大な宝だ。
――君は、それを継ぐ者になれるかな？」
　幼い少女に、その言葉の意味がわかるはずもなく。
　それでも零れるような笑顔を向けた娘に、父親もまた、笑みを返した。

　「さあ。冒険に行っておいで」

　小さな一歩が踏み出された。