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20年ぶりに会った志郎に、あの頃の面影はあまりない。
如何にも軍人然としていて、あのヤマトの技師長だったというのも頷ける。現科学局局長だしな。だから、こいつのこんな面は滅多に見られないに違いない。
俺は、少しばかりからかってやりたくなる。
「お前でも、そうやってマヌケ面をすることがあるんだな。あの会見の時のふてぶてしさは何処へ行った?」
「ば、ばか、やめろよ」
照れたコイツも面白い。
「お前、今までどうしていたんだ? 俺はてっきり――」
志郎の言葉に、ふふと俺は笑った。
俺たちは小学校を卒業し、中学、高校へと進んだ。
その頃になると、俺と花歩は互いに話をすることもなくなっていた。そして、大学へ進んだ頃、遊星爆弾の攻撃が始まったのだ。
遊星爆弾は、あの懐かしい山を襲った。俺の家族も、ゴリ園長も、同級生たちも、みな死んでしまった。俺と花歩が生き残ったのは偶然にしか過ぎない。そして、親類を頼って移住した地下都市で、俺たちは別れ別れになった。
地下都市では、生き延びるのが精一杯だった。何のために生きているのかわからず、だが、死んでしまうのはもっと恐ろしかった。地下の生活をそれなりに楽しんでいるヤツらもいたが、俺にはその日その日を生きることがやっとだったのだ。
その地下都市にも次第に放射能汚染が進み、幾度も転居をすることになる。何度目かの引っ越し先で、花を買いにやってきたのが花歩だったのだ。相変わらずのおかっぱ頭をして、いや、ボブと言うらしいんだが、すっかり綺麗になっていた。
互いに、一目で気付いた。そして、身よりのない俺たちが一緒に暮らし始めるのに時間はかからなかった。
「あの頃は、未来なんて考えられなかっただろう?」
俺の言葉に、志郎は静かに頷いた。
「一緒に暮らし始めたはいいが、その日を生きるのに精一杯でな。
――花歩が何か言いたいのはわかっていたんだが、何の約束ができるっていうんだ? あの頃の俺はもう限界だったんだよ」
そんな時だ。あのイスカンダル計画が発表されたのは、さ。
連邦政府・大統領、そして、地球防衛軍・長官、宇宙戦艦ヤマト艦長・沖田十三、そして技術責任者である、お前――真田志郎が会見をした。
花歩が気付いたんだ。
「――和樹! ねえ、和樹!」
花歩の目は、モニタに吸い寄せられていた。
『イスカンダルの技術は、まだ未知のものではありますが、私たちは、必ず使命を果たして帰還します。私たちを信じてください!』
質問責めにしてくる記者たちに向かって、お前、そう言ったろう?
花歩が、ふるえているのがわかったよ。
もう、だめだと思った。
花歩はさ、ずっとお前のことが好きだったろう? 俺は知っていたからさ、もう、ダメだと思ったんだ。
そうしたら、花歩のヤツ――。
「和樹、結婚しよう!」って、振り向くなりそう言ったんだ。
「大丈夫だよ。志郎くんがそう言うなら、きっとヤマトは帰ってくる。地球の放射能はなくなる。だから、私たちは志郎くんを信じて待っていようよ!
ね? 志郎くんの言うことなら信じられるでしょう? 私たちに未来はある。
だから、和樹、結婚しよう!」ってさ。
一体、女の子ってのはいつからあんなに逞しくなるんだろうな? 俺は泣きそうだったよ。
「そうか、結婚したのか――」
「ああ。ヤマトのパレードを見に行って、その足で役所へ行き、入籍した」
「そうか――」
志郎の目が赤く潤んだのを俺は見逃さない。
「どうだ。悔しいだろう」
そうからかう俺に、志郎のヤツはバカ野郎、と言い返してきた。
「おおい、お客さんなんだ。珈琲を淹れてくれないか――?」
奥へ続く階段へと身を乗り出しながら、俺が二階に向かって声を掛けると、はあい、と明るい声が返ってきた。たんたんたんと階段を下りる足音がする。
いらっしゃい――と暖簾をくぐって花歩が顔を出す。地上に出たとき、短く切った髪に黄色いバンダナを巻いて、にこやかに笑いかけた。
そして、花歩の瞳は、コイツに吸い寄せられる。
「――志郎くん」
「――花歩」
俺は知っている。
志郎も花歩のことを好きだった。あのパステル画は、志郎から花歩へあてたラブレターだ。
初恋を届ける間くらい、俺だって待っていられるさ――。
ふたりはしばらくの間、黙って見つめ合っていた。
幾ばくかの時間が過ぎ、志郎が微笑んだ。
「花歩、ありがとう――」
友だちでいてくれて。
優しくしてくれて。
信じてくれて。
幸せでいてくれて。
生きていてくれて。
志郎の思いは、きっと花歩に伝わったに違いなかった。
「な――。お礼を言うのはこっちだわ」
こぼれ落ちそうな涙をぐいと拭って、花歩は笑う。
ああ、そうだ。昔から一番逞しかったのは花歩だったんだ。
ふぎゃあ、と花歩の腕の中でカズが泣いた。
ヤマトが帰還するひと月前に生まれた俺たちの息子だ。
「あぁ、カズくんごめんね」よしよし、と花歩がカズをあやす。
「カズ? 和樹からとったんだな」優しい目をして、志郎が赤ん坊を覗き込んだ。
嬉しそうに笑う志郎を、花歩が見上げた。
「あのね、志を知る、と書いて【かずし】というのよ」
志郎が目を瞠る。
「和樹が考えたのよ」いい名前でしょう?
花歩が幸せいっぱいに微笑んだ。
「さあて、お客さん。何を揃えましょうかね?」
初恋の想い出の時間はこれまでだ。
「この店で一番きれいな花束をつくってくれないか」
「はいよっ」
志郎の注文を受け、俺はぐるりと店の中を見渡す。
赤、白、ピンク、黄色、青、緑。色様々な花がバケツに入っている。
生命はどんなものであろうと美しい。志郎、あの森でお前が教えてくれたんだ。
俺はバケツの中から、花を取り上げた――。
「どうぞ」花歩が珈琲を出す。
小さな鉢植えをじっと見つめていた志郎が、振り返って礼を言った。
「花をあげたい女性がいるのね?」
「え、ああ。いや。その、そんなんじゃないんだ。友人でね。ふと思い出していただけだよ」
志郎が見つめていたのは、小さなクロッカスの寄せ植えだった。白と黄色と紫の花が、早春の里を思い出させる。
花歩がくすりと笑った。
「ちゃんと伝えなきゃだめだよ、志郎くん。自分の裡に溜めているだけじゃ環は作れないよ? 誰も行ったことのない星まで行ってきた人が、何を怯えているの?」
花歩がそう言いながら、クロッカスの鉢にきれいなリボンをつけた。
「クロッカスの花言葉はね、『信頼』。それから『貴方を待っています』だよ?」
花歩がはい、とそれを手渡した。そして、それを受け取った志郎が苦笑する。
「まったく、花歩には敵わないな――」
「そりゃあ、そうだ。何しろ花歩は最強だからな」
「ああ、違いない」
俺たちが笑みを交わすと、「まあ、失礼ね!」と花歩が頬を膨らませた。
俺は春に咲く花ばかりを使って花束を作った。もちろん、自信作だ。
「ちゃんと伝えてこいよ」
花束を渡しながらそう言うと、それを聞いた志郎のヤツがにやりと笑う。昔見た、あのいたずら小僧の笑顔だ。
「――それをするとな、きっとダンナが怒ると思うんだが」
「何だ? 人妻なのか?」
俺の作った花束を見て、志郎はいい花束だと満足そうに頷き、バレンタインに男から花を贈るのも何だが、まぁ良かろう、などとひとりごちた。
そして、コイツはあろうことか、それを花歩に差し出しやがった。
「てめえ――」
俺の抗議なんて何処吹く風だ。
「20年前の初恋と、感謝と。心からの祝福を君に――」
花歩はびっくりして目がこぼれ落ちそうだ。
「花歩。結婚おめでとう。いつまでも幸せにな」
「ありがとう――!」
俺はその時の花歩の笑顔を、一生忘れないだろうと思った。
いつの間にか雨は上がり、雲の切れ間から眩しい青空が覗いている。
古ぼけたパステル画は木彫りのフレームに納められ、雨上がりの陽光にきらめいていた。
fin.
03 FEB 2010
written by pothos
03 FEB 2010
written by pothos