この花を君に


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チューリップ
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 俺たちの出逢いは、20年前にさかのぼる。

 俺の両親は、穀倉地帯の管理に携わる役人だった。
親父がメトロポリスの北方にある中央穀倉地帯に赴任したのは、俺が5歳の時だ。
 それまで山間やまあいの小さな都市まちにいた俺は、まず、その広大な風景に驚いた。
見渡す限りに広がる田は、遠く山の麓までも続いているように見えた。そして、巨大なメトロポリスの都市は、それと対になるかのように空へと向かってそびえていた。海と山に挟まれた僅かな土地を縫うように建てられた地方の都市とはまるで規模が違っている。その広大さに寄る辺無さを感じて不安にもなったが、それと同時に開放感をも得、心騒いだ。

 この穀倉地帯の研究責任者は、この分野では第一人者と呼ばれる楠木くすのき宗一郎博士だ。
「こんにちは」と挨拶すると、にかっと笑った。一見しただけでは偏屈そうに見えたが、壮健な体躯をした、笑うと優しそうなじいさんだった。
「坊主、良く来たな」と俺の頭に手を置いて、「ウチにもお前さんと同い年の孫がおるんでな、仲良くしてやってくれ」と笑った。
 言われて初めて、俺はそいつに気付いた。
 きれいな姉さんの後ろに隠れるようにしがみついていたそいつは、促されておずおずと姿を現した。
「…さなだしろうです」
 消え入りそうな声でそういうのを聞いて、おとなしそうなヤツだ、と思った。
メトロポリスのきらびやかさに圧倒され、引け目を感じていた俺は、コイツとなら仲良くなれるかもしれないと思ったのだった。
 よろしく、と握手をした。

 志郎とは、あっという間に友だちになった。要するに、コイツは人見知りだっただけだ。頭が良く、活発で、好奇心の塊のようなヤツ。
 コイツがおとなしいどころか、とんでもないいたずら小僧の策士だと気付くのに時間はかからなかった。

 「和樹、おはよう!」
 翌朝から俺の一日は、志郎の声で始まることになる。
 こつん、こつんと窓に小石がぶつかる音がした。まだ母さんだって起こしにこないこんな早朝に、一体何の音だろうと不思議に思った。しかも、俺の部屋ここは二階だったのだ。眠い目を擦りながら窓をあけると、庭には手を振っている志郎がいた。ワン、と一度だけコロが吠えた。

 俺たちは、朝食までの小一時間を裏山で過ごした。晴れの日も、雨の日も、休むことはなかった。毎日違った表情をみせる裏山が面白くて仕方なかったのだ。それまで都市部で育った俺には、物珍しいものばかりだ。そして、志郎はいろいろなことを知っていた。
 「ほら、木の芽が芽吹いたよ」「コブシの花が蕾をつけた」「みて、これはカマキリの卵だ」「あ、カッコウの鳴き声が聞こえる」
 森には多様な生命が息づいていていることや、森の命が循環していることを、俺は志郎から教わった。
 志郎は、危険なこともちゃんと知っていて、決して無理はしなかったから大人たちも安心していたのかもしれない。もっとも、安心できる場所までしか行かせてもらえなかったと言うのが正しいのだが。森の奥にはあちこちにセンサーがついていて、それを越えると必ず呼び出されたのだ。
 俺たちはふたりで、この森をどこまでも厭きることなく走り回った。

パール

 昼間は保育園に行った。この穀倉地帯に勤める人間だけでも結構な数になり、その子どもたちが主として通っていた保育園があったのだ。
 保育園にはもうひとり特別な仲間がいた。
 花歩かほという名の女の子だ。おかっぱ頭の、こっちは正真正銘おとなしいヤツだ。あまりお喋りではなく、だが泣き虫でもなく、ニコニコしながら俺たちの後を追いかけてくる。
「このやんちゃ坊主たちと、どうして花歩ちゃんが仲良しなのかしら?」
 先生たちは首を傾げたものだが、仲間であることに理由なんていらなかった。3人で一緒にいると楽しかったから、俺たちは一緒にいたのだった。

 この保育園にはゴリラみたいな園長がいた。
ごつい身体とでっかい手で、俺たちをひょいひょいとつまみ上げる。子どもたちと一緒にどろんこになって遊び回っては、副園長のりかこ先生に怒られていた。まるで友だちのような園長だったのだ。
 もちろん、友だちには友だちの礼儀ってもんがある。俺たちは、園長を最高の友だちとして礼を尽くしていた。

 その日のおやつは、ドーナツだった。園長は順番に教室をまわって、一緒におやつを食べる。今日は俺たちの教室だ。
「はい。園長先生のぶんだよ」
 当番の志郎がドーナツを机の上に配る。
 ぷぷ、とあちこちから笑いが洩れる。しーっ、ダメだよ、ばれちゃうよ。
 子どもたちの様子がおかしいのは一目瞭然だったろう。園長は、ははーん、という顔になる。
「お前ら、また何かしたな? 志郎! 和樹! そうそう、同じ手にはひっかからんからな! またこの椅子が壊れるんだろう?」
 座る予定だった椅子を、持ち上げたり叩いたりしている。
前回、俺たちの教室でおやつを一緒に食べたとき、園長が腰を下ろした途端に椅子が分解したことを、未だ根に持っていたらしい。
「いやだな、園長先生。ぼくたちだって、また怒られたくはないもの。そんな事はもうしないよ」
 やけにすました顔で志郎が言った。
「そうだよな。ヘンケンはんたーい」
 覚えたての言葉で俺が応酬すると、園長はがははと笑った。
「すまん、すまん。疑って悪かったな。さ、おやつにしよう」
 机の上には美味しそうなチョコレートドーナツが置いてある。ふわふわの生地に、たっぷりのチョコレートでコーティングしてあって、色とりどりのカラースプレーがのせてある。保育園でも人気のおやつだ。

 当番の花歩と俺がみんなの前に立つ。「りょう手をあわせて」ちらり、と俺が横目で見ると志郎はにこりともしていない。
「いただきます!」
 みんな、挨拶が終わると同時にドーナツを取り上げる。もちろん、園長もだ。がぶり、とでかい口でかぶりついた園長は、次の瞬間、目を丸くした。
「か、辛いっ!! みみみ、水っ!!」
 叫ぶや否や、目の前にあった牛乳を一息で飲み干した。ぶぶぶーーっ、と教室中から笑いの渦が起こる。俺と志郎は、にっかと笑ってガッツポーズをした。

 園長のドーナツだけニセモノだったのだ。
 駅前のドーナツショップではおまけに偽ドーナツを配っていた。ふわふわとした触感がホンモノみたいで、人気があった。
 ゴリ先生なら、食べちゃいそうだね。
 くすりと花歩が笑い、それを聞いた俺と志郎が実行に移した。触感がいくら似ていても、一目で違いがわかるように色づけされていたのを、俺たちは塗り直したのだ。
 何しろ志郎は絵が上手かった。ホンモノを見ながら、アクリル絵の具で着色した。俺だってあれが皿にのっていたら、間違いなく食っちまうくらいの出来映えだった。で。「――ボク、辛味成分、もってるんだ」そこまでやるのが志郎ってヤツだ。
 そして、実行犯は俺と花歩。何しろ、志郎と俺が「手伝います」なんていったら、何かあるってバレちまうからさ。

 「やったー! 5連勝だー!」
 俺と志郎はドーナツをひっ掴むと、教室を飛び出した。花歩だけが、何も持たずにとことこと駆けてくる。裏庭にある大きな木の下で、俺たちはドーナツを食べた。志郎も俺も、自分のドーナツを半分に割って花歩にやった。「え、わたしはいいよ」と言う花歩に、「いいから、食べなよ」と志郎が勧めると、花歩はにっこりと笑って「ありがとう」と言った。

 次の日のおやつが、俺と志郎の大嫌いなリンゴのゼリーだったのは、絶対、園長の仕返しだと思う。

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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