いつかふたりで

#3

 どのくらいそうしていただろう。
 柚香の腕が真田の背に回されていた。まるで小さな子どもをあやすように。
 ほんの少し、腕の力を弱めると、その代わりに柚香の腕に力が込められた。
「大丈夫よ」
 腕の中から囁くような声が聞こえ、ハッとした。慌てて両腕を緩めると、柚香が顔を上げた。
「大丈夫よ、志郎」
「柚香?」
「心配してくれたんでしょう? 私なら大丈夫よ」
 恋人にだけ見せる柔らかい笑みを浮かべる。
「貴方がいれば、私は生きていける。貴方が笑っていてくれれば、私はそれで十分に幸せよ。だから、世界で一番此処が好きよ」
 そう言うと、柚香は恋人の胸にもう一度顔を埋めた。

 むせ返るように、腕一杯に甘い香りが広がる。
 ようやく、己が何を恐れていたのか思い至る。
「柚香、聞いてくれ」
 腕を緩めたものの離してしまうことはなく、静かに、だが決意を込めて話し始めた。
「柚香、たぶんそう遠くない未来に、きっと戦いが始まるだろう。敵の正体は俺にはわからない。だが、地球よりも強大な武器を秘めているはずだ。地球が勝てるとは断言できない」
 柚香は何も言わない。相槌さえ打たなかった。
「それでもヤマトは戦わねばならない。喩え敵わないとわかっていても、戦わねばならないだろう。だから、その時が来ても、俺はキミの傍にいることはできない。キミを守ることは、俺にはできない。どんな力があったとしても、俺は、キミを守ることだけは、できない」
 柚香が小さく頷く。
「すまない──」
 今度は小さく首を横に振った。
「だから、いざという時、キミを一番に守ってくれる男を選んでもいいんだ。今からでも遅くはない」

 柚香が静かに顔を上げる。
「──貴方はそんなことを考えていたの?」
 バカね、と柚香は優しく笑う。
「大丈夫よ、私なら。自分のことは自分でどうにかするから。私、こう見えても結構強運の持ち主なのよ。
 あのね、守って欲しいから貴方の傍にいるわけじゃないのよ?」
 そうだ。
 そう思った。そう言うだろうとわかっていた。だが、それでも確認したかったのだと思い知った。
「柚香。ひとつだけ俺の頼みをきいてくれないか」
「なあに? 私にできること?」
「ああ。キミしかできないことだ」
 そう言って真田は両腕に力を込めた。

「死なないでくれ、柚香。この星は俺が必ず守るから、だから、何があっても生きていて欲しい。必ず迎えに行く。戦いが済めば、必ず迎えに行く。だからそれまで何があっても、生き抜いてくれないか」
 恋人の言葉に柚香は呆れたように目を丸くして、そして、笑った。
「随分と難題だけど、わかったわ。約束する。貴方が迎えに来てくれるまで、必ず生き抜いてみせる。だから、貴方は心置きなく地球のために戦ってきて」
「柚香…」
「その代わり、私のお願いもきいてね?」
 真田が頷く。
「必ず迎えに来て。必ず、生きて帰って来てね?」
 柚香の腕にも力が込められた。
「ああ、約束しよう」

 言葉はいらなかった。
 お互いの温もりがただ愛しく。交わす口づけは熱く、抱き合った。

 柚香。
 いつか一緒に旅に出ないか?
 ふたりきりで

 キミに見せたいものがたくさんある
 キミに会わせたいヤツもたくさんいる
 水面に散った花びらがどこまでも一緒に流れて行くように
 この宇宙(そら)の果てまで
 いつかふたりで旅に出よう

 この使命を果たし終えたとき
 キミは俺の傍らで、笑ってくれるだろうか

fin.
29 OCT 2009(03 SEP 2014 改) ポトス拝
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