いつかふたりで
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代は「永遠に」前のイカルス。
オリジナルキャラクタ柚香とヤマト技師長真田志郎の恋物語です。
その日の夕食はサーシャの実父・古代守を交え、いつも以上に賑やかだった。
サーシャの喜ぶ様は当然として、古代の浮かれ具合も相当である。
だが、それを笑う者はここにはいなかった。このひとときが奮励努力の賜であることを、ここにいる誰もが知っていたからだ。
古代は参謀職に就いて未だ日も浅い。
イカルスを訪れるだけの時間を作るのは生易しいことではない。鬼のようにフル回転で雑務をこなし、どうにもならない案件は持ち前の笑顔であちこちに圧力を掛け、少々のイヤミと多少の借りをものともせず、強引に休暇を取得してきたのである。
無論、真田や山崎だって同様である。
多忙なカリキュラムを遣り繰りし、至極当然のように同席した。その陰にある訓練生たちの少々の犠牲など、これっぽちも気にしてはならない。鬼教官たるもの、それくらいは当然の振る舞いである。訓練生の恨み言の100や200、意に介するような神経はふたりとも持ち合わせていなかった。
何しろ、愛くるしい澪はまだまだ可愛い盛りの少女なのだ。
その父娘の並ぶ姿に、真田は目を細めた。
こうして見ると澪は父親にも似ていると思う。
あのスターシアの娘なのだから、美しく育って当然とさして気にも留めなかったが、この友人だって満更捨てたモノじゃなかったな、と思ったのだ。
澪は美しい娘になるに違いない。
すらりとした肢体に長い金髪が風になびく姿が、目に浮かぶ。もっとも、この生気に溢れた榛(はしばみ)色の大きな瞳は、きっといくつになっても変わらないだろうと思えるが。
年頃になった時、この娘を得ようとする男が父親を攻略するのはさぞ困難を極めるだろうと思うと、口の端に笑いが浮かんだ。
それに気付いた古代が怪訝そうな眼差しを真田に向けてきたが、さらりと受け流した。
まったく、友人の親バカぶりは微笑ましいものだ。
だが、真田は何故気付かないのだろう。
成長の早い澪が年頃になるのは、実際の処、数年後にしかすぎないことを。ましてや、その父親に己自身が含まれていることを露ほども思い至らないあたりが「唐変木」たる真田の所以である。
よって、山崎や幕之内がそんなふたりの様子をニヤニヤと窺っていることにも全く思い至らない。科学者としての優秀さも、どうやら親バカを測る物差しにはならないらしい。
心地好い時間は飛ぶように過ぎる。
瞬く間に夕食が済むと、古代は娘とふたりで部屋へ引き上げていった。
澪の睡眠学習は今夜は行われない。父娘、水入らずで何を語らうのか、それは誰にもわからない。
ふたりがいなくなると、真田と山崎は慌ただしく研究所へと戻る。
鬼の居ぬ間に洗濯などしている訓練生がいるやもしれない、などと考えた訳ではなかったが、遊んでいられるほど暇でもなかったのだ。
やたらと堂々たる体躯の男達が揃って姿を消すと、食堂も兼ねていたリビングは途端に静かになった。
柚香は珈琲を飲みながら本のページを繰り、幕之内はキッチンで朝食の下ごしらえに勤しむ。
時は閑かに流れた。
ふと、カップを手に取った柚香はそれがもう空であることに気付き、本を閉じて立ち上がった。
「ごちそうさま。おいしかったわ」
カウンタ越しに声を掛けると、幕之内が濡れた手をエプロンで拭きながら顔を出した。
「お姫様がいないと静かだな」
いつもなら、澪がお喋りに夢中になっている時間である。
「たまにはいいんじゃない?」
くすりと笑った柚香は、おやすみなさい、と部屋を後にした。
去り行く後ろ姿は、いつもよりも儚げに思えた。可愛い盛りの息子を遊星爆弾で失っている柚香の胸中を思うと、憐憫の情を禁じ得ない幕之内であった。