この丘のむこうにTO YAMATO
「バカね」
妻が笑う。
「バカね、志郎。思う通りにすればいいのよ。貴方の人生は、貴方のものよ?」
妻はよく真田のことを「バカね」と言って笑った。
出逢ったときから、逝ってしまうその時まで。
――キミだけがそう言った。
「白いドレスも、誓いの言葉もいらない。揃いの指輪も欲しくない。
ただ。
貴方が生きて笑ってくれれば、それでいいわ」
朴念仁と呼ばれ、職務を最優先させて生きていた。
キミは笑って、そんな俺の帰る場所を守ってくれた。
だから。
キミが笑って暮らせる明日を守ろう、守りたいといつしかそう願った。
だが。
そのキミももういない。
ここにいるのは、この
この星に“明日”はもうない。
“明日への希望”はヤマトと共に旅立った。
できることは全てやった。
俺の得たものは既に繋いだ。
技術も。
知識も。
志も。
夢も。
彼らは受け取り、旅立った。
伝えるべきことは、全て伝えた。
この魂のままに。
真田はスッと背筋を正した。
ポツリと雨粒が落ちてきた空を見上げる。口許には笑みさえ浮かべ。
――沖田艦長。古代が、ヤマトが行きます。
雲を切り裂いて突き進む艦に、静かに敬礼を捧げた。
「古代。ヤマトを頼んだぞ」
満足げな真田の呟きは、激しくなってきた雨音に消された。
「『これで肩の荷を降ろせるな』とも見えるね」
「――確かに、ね。『打てる手は全て尽くした。後は全てを古代に任せる。地球と最後をともにできるなら、俺は本望だ』みたいな?」
唐突な声に驚き、だが、聞き慣れたそれに小さな笑みを浮かべ、真田は振り返った。
30年を共に過ごした友がふたり、そこにいた。
「
名を呼ばれたふたりがひらひらと手を振って応える。
「――何て事、志郎が考えるわけないよね」
肩を竦めながら、男が笑う。出逢った時の人懐こい笑顔のままに。
「このあたしたちをどうやって誤魔化そうっていうのかしら」
黒目がちの大きな瞳で見上げる人形のような姿は、18の時からさほど変わらない。
ふたりが、真田を見つめる。
フッと、笑いが浮かんだ。
言い訳は何もいらないのだろう。誤魔化す必要もない。
島次郎にさえ明かさなかった言葉を、真田は口に上らせる。
「まだ、何ができるのかわからない。可能性は限りなく低い。だが、ゼロではない。
武器は、俺自身――いや。俺たち、そのもの。それだけだ」
ふたりが共に、グッと顔を引き締め、そして、にやりとした。
「「了解、チーフ!」」
行くぞ、と真田が目を走らせる。
ふたりがそれに続く。
戦いは、まだ、終わってはいない。
俺たちの戦いは、これからだ。
あのブラックホールの向こうには何があるのか。
どんな世界であろうと。
たとえ、何が待ち受けていようとも。
決して諦めない。
運命に身を任せたりはしない。
この命、ある限り――!
英雄の丘に、3人の姿は消えた。
この星の明日を守るために――。
20 DEC 2010 ポトス拝