The Blue Marble


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「わぁ…きれい」
 
それを摘むと、ひやりとした。
空に掲げ、きらりと光を弾くそれをそっと覗き込むと。
透明なガラスの向こう側は薄く青みがかって、
別な世界のような気がした。
 
 
 
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 夜の交代の時間を幾分か過ぎ、加藤四郎は食堂の入り口をくぐった。もう誰もいな いだろうという予想を裏切り、その目は金の長い髪を捉えた。その後ろ姿は、少女の 成長を見守ってきた加藤に、振り向かずともその表情までをも想起させるのに十分 だった。加藤は兄にそっくりだと言われる鼻梁の通った顔を曇らせ、歩き出した。
 
 
 現在、ヤマトは地球に打ち込まれた重核子爆弾の起爆装置を破壊するために、敵 本星に向かって航行を続けている。だが、この発進は準備万端整えて、というわけに はいかなかった。暗黒星団帝国による奇襲、そして、それに続く地上占拠があまりに も速やかに行われてしまっていたので。その迅速さは、ヤマトが地球上になかったこ とを幸運とした。防衛軍は有効な対策を取れないままにそれを許してしまい、人々は 翻弄された。ある者は捕らわれ、ある者は地下へ逃れ、ある者はパルチザンを組織した。
 だが、これまでの日々を、軍は何もせず手をこまねいたわけではない。再びのイスカンダルへの航海 後、想定される未知なる敵の来襲に備えた絶対防衛線の構築、そして、宇宙戦艦ヤ マトの改造に取り組んでいた。
 その中心には、防衛軍参謀を務める古代守と、その友 人でありヤマト技師長である真田志郎を据えた。だが、ヤマトは軍の大勢から支持さ れていたわけではなかった。特に上層部において、それは顕著であり。よって、それ は内外の敵に悟られぬよう、小惑星イカルスに於いて秘密裏に進められていたの だった。
 
 結果として、それが功を奏したといえるだろうか。理由の程はわからないものの、血 眼になってヤマトを探す敵から艦を守ることはできた。だが一方で、この非常事態にヤマトまで 辿り着くことのできた乗組員は決して多くはなかったのだ。いや、彼らでさえも、いくつかの幸運 重なった末のやっとの乗艦である。現に、その幸運から零れた者の中には、第一艦 橋メンバーである森ユキさえも含まれていた。
 
 あらゆる意味で、この戦いはこれまでとは様相を異にしており、その“違い”を最も顕 著な形で具現化しているのが、今、目の前にいる少女、真田澪さなだみおである。彼女のその能 力の高さと任務に取り組む姿勢とは裏腹に、“森ユキ”の代わりとして第一艦橋に席を 持つ彼女に対して、好意的に振る舞う者は少なかった。仲間を、恋人を、助けられな かったという無力感、罪悪感が、それを更に後押しした。それは、自分との戦いであっ たのだが、と同時に、“森ユキ”という存在はそれを失ってみて、初めてその大きさを 証明することになったといえるだろう。
 
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 (澪ちゃん……)
 加藤は胸の中で呟いた。彼の目には、その後ろ姿が痛々しいほどに細く感じられる。この娘は、生まれてま だ1年足らずにしかならないというのに。姪だ、と乗組員たちに紹介した真田の意図は 加藤にはよくわからなかった。
 
 真田澪――。
 この美しい少女が、1年前にイスカンダルの女王スターシアと古代守との間に生まれた娘、 サーシアであることを知っているのは、真田、そして幕之内、山崎らイカルスに勤務していた 数名だけである。加藤の仲間である訓練生たちでさえ、それを知らされている者はほ んの僅かだったのだ。
 “女神によって地球は救われてきた”ことを慮ったのだろうか。他人の力に縋るよう な人間がこのヤマトにいるとは思えないが、戦いが机上の物差しでは測れないもので あることは、まだ、ヒヨッ子と呼ばれる加藤にでさえわかる。異常事態での発進だった 戦いの中、真田はいつも以上に慎重を期しているのかもしれず、或いはまた、余人に は窺い知れない事情を、その胸に秘めているのかもしれなかった。
 
 
 「真田くん」
 今度はちゃんと声に出した。びくり、と肩を微かに動かして、澪が顔を上げ振り 返った。
「こんな時間にどうしたんだい? 失敗でもして、技師長に大目玉をくらったのかな?」
 努めて明るく振る舞ってはみたが、澪は、相手が加藤だと知ると作りかけた笑顔を 引っ込め、俯いて首を振った。
「ねぇ、お腹が空かないかい? 俺は腹ぺこなんだ。何しろ定時の哨戒がちょっと遅れち まって、夕飯食いそびれてね。何かまだ残ってるかな」
そう言って、加藤は大袈裟に首を伸ばして、調理室を覗き込んでみる。誰の姿も見つ けることはできなかった。何処も人手不足だった。だから、この時間では自動調理 の夜食が関の山だろう、というのは加藤も予測していたが。
「キミも何か飲むだろう? 珈琲? それとも紅茶にするかい?」
 そして、こちらも予想通り。澪は再び首を振るのだった。
 
 
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 地球では古代守参謀が、長官の盾となって名誉の戦死を遂げられた――。
艦内を駆け巡ったその報は、乗組員たちに大きな衝撃を与えた。艦長代理であり、 また、守の弟でもある古代進は言わずもがな。1年前にイスカンダルからの帰路を共に した乗組員も、また。ましてや、同期である真田や幕之内の哀しみは計り知れない。
「あのバカ――」
 たった一言、たまたま傍にいた加藤にしか聞こえないほどの小さな声で呟かれた真田 の言葉は、今も耳の奥に残る。
 だが、誰よりもそれを大きな打撃として受け止めたのは、娘であるサーシア―― 澪であろう。しかも、その事実を、半地球人である自分にとってたった一人の血の 繋がった親である、という事実をおよその者は知らない。古代守の死を哀しみ、古 代進に親近の情を寄せる彼女の心情を、理解できるものは少なかった。“森ユキの 代わり”という重責に見合う能力を求められ、それをこなしつつある澪だったが。 せめて、皆に事実を告げてはどうかと、加藤は真田に詰め寄ったものの。
「死んだのは古代守だけではない。親が死のうが、兄弟が傷付こうが、ヤマトは軍 艦であり、ここが戦場であることに変わりはない」  
 真田の答えは厳しかった。  
自身、訓練学校生ではあったものの、ふたつの大きな戦いを軍というものの中 で過ごし、更にその戦いで兄を失っている身である。そこに反論の余地はなかった。
 きゅっと唇を噛んだ加藤は、ふと、気が付く。真田もまた、大切な人の死を覚悟しているのだ、と。イカルスの爆発に紛れ、脱出していった者たちが乗った高速艇からは、やがて、生命反応が途切れた。カモフラージュなのか、或いは、事故が起きたのか。今、それを知る術はなかった。覚悟と祈り――。決定的な情報がないことの方が辛いこともあるのかもしれない。
 
 
 俯く澪が口を開いた。
「柚ちゃんは、義父とうさまの、なに?」
 唐突な質問に、加藤は驚く。間抜けな程の間のあとに。
「柚香さんは、真田教官の婚約者だろう?」
 ここがヤマトの中であることを、一瞬、忘れた。イカルス時代の呼び名が口をついて 出た。

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TVアニメ宇宙戦艦ヤマトの同人二次小説です。

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