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西暦2220年。
地球滅亡まであと3か月を残し、ヤマトは復活を果たした。
古代進を艦長に戴き、新たな乗組員と共に。
氷解を砕き発進したヤマトは、攻撃を受けつつも第二次船団を守り抜き、3億の人類をアマールへと送り届け、帰還した。
そして、今また最後の船団と共に、地球に別れを告げようとしている。
進むべき空は、厚い雲に覆われていた。
まるで、この星の未来を暗示するかのように。
故郷を失った地球人類に如何なる未来が待っているのか、誰も知らない。
だが。
空を見上げる男の眼窩から、光は失われてはいなかった。
かつての発進の時も、そうではなかったか。
ヤマトの行く手は、黒い雲に遮られ。
命運は定かでなく。
それをも切り裂き突き進むのは、乗組員たちの決意によるもの。
「地球を救うため」に。
ただそれだけを胸に刻み付け。
ヤマトは使命を果たしてきた。
地球連邦宇宙科学局長官・真田志郎は、独り佇む。
英雄の丘に立つその姿に、影りはない。
移動性ブラックホールが太陽系に接近。
その報を受けて、早数年が過ぎる。打てる手だては、全て尽くした。
今、3億の人類を乗せ、最後の船団はこの星を後にしようとしている。
真田はこの惑星を救うために、あらゆる可能性を検討してきた。
だが、最終的に得た結論は“全人類の移住”。
この惑星を救うことはできない。
移住地を探し出し、受け入れを交渉した。移民局を組織し、移民船団を造り上げた。
そして。
ヤマトの復活。
それは、最強の護衛艦隊であり。
人類の希望、だ。
ヤマト、という名に込められた願いは、いつの時代であろうと変わらなかった。
古代は。
古代進はヤマト艦長として、必ずこの任務を全うするであろう。
そう確信する真田の瞳に、柔らかい栗色の髪が映った。
ギュッと目を閉じる。
ユキ。
かつての同僚であり、生死を共にした仲間の名を呼ぶ。
あのふたりが、古代とユキが作り上げたもの。繋ごうとしたもの。そして、残そうとしたもの。
ヤマトの古代進でもあり、ヤマトの森ユキでもありはしたが。
ひとりの男として、女として。人間として。
大切に作り上げた家庭を。
「地球のために」
大義の前に、捨てさせた。
真田には詫びる言葉さえ持ち得ず、今はただ、ふたりの無事を祈ることしかできなかった。
「バカね」
妻が笑う。
「バカね、志郎。思う通りにすればいいのよ。
貴方の人生は、貴方のものよ?」
妻はよく真田のことを「バカだ」と言って笑った。
出逢ったときから、逝ってしまうその時まで。
――キミだけだった。
「白いドレスも、誓いの言葉もいらない。揃いの指輪も欲しくない。
ただ。
貴方が生きて、笑ってくれれば、それでいい」
朴念仁と呼ばれ、職務を最優先させて生きていた。
キミは笑って、そんな俺の帰る場所を守ってくれた。
だから。
キミが笑って暮らせる明日を守ろう、守りたいとそう願った。
だが。
そのキミももういない。
ここにいるのは、この惑星と最後を共にすることを望んだ者ばかりだ。
この星に“明日”はもうない。
“明日への希望”はヤマトと共に旅立った。
できることは全てやった。
俺の得たものは既に繋いだ。
技術も。
知識も。
志も。
夢も。
彼らはそれらを受け取り、旅立った。
伝えるべきことは、全て伝えた。
この魂のままに。
真田はスッと背筋を正した。
ポツリと雨粒が落ちてきた空を見上げる。口許には笑みさえ浮かべ。
――沖田艦長。古代が、ヤマトが行きます。
雲を切り裂いて突き進む艦に、静かに敬礼を捧げた。
「古代。ヤマトを頼んだぞ」
満足げな真田の呟きは、激しくなってきた雨音に消された。
「『これで肩の荷を降ろせるな』とも見えるね」
「――確かに、ね。『打てる手は全て尽くした。後は全てを古代に任せる。地球と最後をともにできるなら、俺は本望だ』みたいな?」
唐突な声に驚き、だが、聞き慣れたそれに小さな笑みを浮かべ、真田は振り返った。
30年を共に過ごした友がふたり、そこにいた。
「
名を呼ばれたふたりがひらひらと手を振って応える。
「――何て事、志郎が考えるわけないよね」
肩を竦めながら、男が笑う。出逢った時の人懐こい笑顔のままに。
「このあたしたちをどうやって誤魔化そうっていうのかしら」
黒目がちの大きな瞳で見上げる人形のような姿は、18歳の時からさほど変わっていない。
ふたりが、真田を見つめる。
フッと笑いが浮かんだ。
言い訳は何もいらないのだろう。誤魔化す必要もない。
島次郎にさえ明かさなかった言葉を、真田は口に上らせる。
「まだ、何ができるのかわからない。可能性は限りなく低い。だが、ゼロではない。
武器は、俺自身――いや。俺たち、そのもの。それだけだ」
ふたりが共に、グッと顔を引き締め、そして、にやりとした。
「「了解、チーフ!」」
行くぞ、と真田が目を走らせる。
ふたりがそれに続く。
戦いは、まだ終わってはいない。
俺たちの戦いは、これからだ。
あのブラックホールの向こうには何があるのか。
どんな世界であろうと。
喩え、何が待ち受けていようとも。
決して諦めない。
運命に身を任せたりはしない。
この命、ある限り――!
英雄の丘に、3人の姿は消えた。
この星の明日を守るために――。