茶葉の香り
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代はイスカンダル出発前後。
南部康雄と姉・薔子(オリキャラ)の物語です。
生命は何処からやって来て、何処へ向かうの。
わたくしは、なぜ、ここに生まれ落ちたの。
何のために、生まれてきたの。
得ることのできない答えを求め、幾度となく同じ問いをくり返した。
生まれてきた以上生きるしかないのだと理解していたにもかかわらず、塞がれた明日を目の当たりにし、生きる目的を見出すことができずにいた日々。
南部薔子(なんぶ・しょうこ)は白い陶磁器のカップを手に取ると、琥珀色のお茶を口に含んだ。そして、形の良い眉を少しばかり顰めた。
「あの子の淹れてくれたダージリン・ティの方が美味しいわ」
小さく苦笑しつつ、誰もいない部屋でひとりごちた。
ゆったりと体を包むソファに身を預け、部屋の中を見回す。
調度としての美しさも兼ね備えた明かりが、部屋を隅々まで照らしている。地下都市では、昼夜を問わず明かりを必要としたが、そこに装飾としての美しさを求めることが出来たのは、ほんの一握りの者だけだった。
あたたかな絨毯が敷かれた部屋は、若い女性がひとりで使うには十分すぎるほどに広い。そこに置かれた調度は――チェストもテーブルも机も、みな、アンティークとしても一級品である。
その中で、薔子はそれらにひけをとることもなく、いや、まるでその一部であるかのように存在していた。
すらりと伸びた背、艶やかな髪、品の良いワンピースから覗く脚は美しい角度を保ったまま揃えられている。薔子は、カチャリとも音をたてずにカップを置いた。
身の内に育まれたものは、ひとりでいる時であろうと崩れることはなかった。
この家に生まれ受け継いでしまったそれらを、次へと渡さねばならない。
それが伝統を受け継ぐ者の義務であることは十分に承知していた。たとえ、明るい未来を望むことができない時代にあってもそれは変わることはない。
けれど。
生まれ来たのはそのためだけか。
夢を捨てても、自分の足で歩こうとする若者がいた。
己れの進む道をその目で確かめるために、弟はその身を戦いに晒すことを選んだ。
それを罪だと規定しつつも、生きることを諦めることのない男(ひと)が行った。
わたくし、は――?
問い続けた時間が、ひとつの答えを選択させた。
薔子は、まだ温かいお茶をゆっくりと飲み干した。もう一度、弟の淹れたお茶を飲みたいものだと思いつつ、カップをテーブルに置き、立ち上がった。
部屋を出ると、父のいる書斎へと向かう。
ふと、薔子は思う。
『毒を喰らわば皿まで』と申し上げたら、お父さまは何と仰るかしら。
――きっと、声をあげてお笑いになるでしょうね。
顔を真っ直ぐに上げ、大きな木の扉をノックした。
「お父様、お母様。お話がありますの」
ヤマトがイスカンダルへと旅立ってから、ひと月後のことであった。