風のとまる処
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
幕之内勉とオリジナルキャラクタ(柚香)の物語です。
完結編後数十年から地下都市時代を回想しています。
「全くもう。一体、何てマヌケなのかしら!」
そのすらりと背の高い体で威嚇するかのように、両手を腰にあて、口角泡を飛ばしながら憤慨しているのは
白い壁に囲まれた狭い病室には、ベッドがひとつ。
ムッと口を尖らせた柚香に見下ろされるようにしてベッドに横になっているのは、
地球防衛軍の主計官にして、幾度もの大戦を戦い、生き抜いた歴戦の戦士だ。どんな戦場に置いても絶えることなく食事を作り続け、兵士たちを勇気づけた百戦錬磨の“鬼の料理長”の異名をとる男も、この古い友人にかかればひと溜まりもなかった。
「どうして、料理長が資材倉庫で、資材の下敷きにならなきゃいけないのかしら? 私にもわかるように、説明していただけるんでしょうね?」
あからさまに冷たい笑みをその頬に浮かべる様を見上げつつ。
(年々コイツは
うっかりと思ったままに眉を顰めれば、それを見咎められ、頬を捻りあげられた。
「まーくーさーーーん!?」
「い、いてぇだろうがっ」
身体を動かした拍子に傷の痛みが追い打ちをかけた。だが、柚香に同情の色はなかった。
「当たり前よっ。痛くなきゃお仕置きにならないでしょっ!」
ぶははははは。
突然の笑い声がして、驚いて振り向いたふたりの目に映ったのは、ここ、地球防衛軍中央病院の医師、佐渡酒造である。
「若いモンに恐れられる鬼の料理長も、柚香くんにかかっては形無しじゃの」
可笑しそうに笑いながらベッドサイドへ来ると、どれどれまぁワシに診せてみぃ、と鼻歌混じりに聴診器を取り出したのだった。
資材倉庫で鉄鋼の荷崩れがあり、若い下士官と主計官がその被害にあった。
ニュースにはそう流れたが、それは事実ではない。軍内部において暗躍していた二重スパイの正体を突き止め、一網打尽にするためのミッションが行われたのだ。幕之内はそのチームの一員に選出され、最終決戦時に負傷した、というのが事の真相。
少々の打撲と肋骨の骨折で済んだのは、不幸中の幸いであった。
だが、それは決して表沙汰にされはしない。
“間抜けな料理長と年若い下士官の事故”
それが幕之内の役回りなのだ。そう、この男が“鬼の料理長”と評されるのは、戦場に置いてのみである。
「ふむ。大丈夫じゃな。肋骨が2、3本折れとるが、まぁお前さんなら、どうということはなかろう。これ以上痛めんようにゆっくり休むことじゃな」
そう言った佐渡はニヤリとし、まぁ大事なかみさんに優しく看病してもらうことじゃ、とその小さな目を片方瞑ってみせると、ふぉふぉふぉふぉと奇妙な笑い声をあげながら去って行った。
柚香はホッと安堵の息を洩らすと、その後ろ姿に向かい、ありがとうございましたと頭を下げたのだった。
佐渡が部屋から出ていくのを見送ると、柚香は大袈裟に溜め息をつきながら椅子を引き寄せた。
わかってはいるのだ。
幕之内とは、もう随分と長い付き合いになる。主計官のくせに武術大会に出場しては何度も優勝をさらっている事も知っている。幾度もの戦いをくぐり抜けてきたこの男がそんな間抜けなことをするわけがない事も。そして、軍人には口にできない事情もあるのだと言う事も。
全てを知りたいと願ってしまったならば、軍人と付き合う事はできない。
柚香は、決して神経質な性質ではなかった。希望と諦めの両方を適度に持ちつついられるのは、やはり大きな戦いを幾度も経てきた者が持つ生き抜くための知恵なのかもしれない。
だが。
だからといって心配が無くなるわけではなく。そのどうにもしようのない怒りをこうして幕之内にぶつけているだけ、というのは、互いにわかった上でのやりとりであった。
「痛みはないの?」
ちょっと優しい言葉もかけてみる。
「あぁ。動かなければ何てことはないさ。薬も効いているしな」
幕之内もその事では嘘はつかなかった。隠せばそれがかえって心配させることを知っているのだ。柚香もホッとしたように小さな笑みを浮かべた。
「そう。それなら少し眠ったら? 疲れているんでしょう?」
骨折が熱を呼び、気怠いのは確かだった。
柚香に氷水で絞ったタオルを額にのせてもらうと、ひんやりと気持ち良かった。窓から入ってきた初夏の風がベッドサイドを通り抜ける。
「おやすみなさい」
柚香の声が、遠くに聞こえた。