この手に掴むもの
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代はイスカンダル帰還後地上。
オリキャラと真田の恋愛譚です。
冬の夜空は澄み渡り、星の光が美しい。
科学局を追い出されるようにして帰宅する途中、少しばかり寄り道をした。
インターホンに認証コードを打ち込み、待つこと1分。
忙しい日々を過ごしているのは、どうやら自分ばかりではないらしい、と認識する。
応答は無い。
留守だというのは想定外だ。
さて、どうしたものか。
――これだけを置いて帰るか?
手にした荷物に視線を走らせ、己れの浅はかさを悔やむ。
冷気が足許から這い上がってきている。ぶるり、と震えながら認証センサーを見つめていてもどうにもならない。
踵を返そうとしたものの、なぜか3度も躊躇った。
へっくし、とくしゃみをした後、拳で鼻を擦った。
やはり帰ろうと思い定め、今度こそ踵を返した。
「志郎!?」
見慣れた姿から、驚いた声が発せられた。柚香がマンションのエントランスへ向かって走ってくる。暗闇に、白い息がくっきりと浮かび上がる。
やはり、連絡してから来るべきだったろうか。
異性の友人を訪なうには少し遅い時間だったと、今頃になって気付いた。
「よう」
手を挙げて挨拶をした。
駆け寄ってきた柚香の真っ赤な頬の前で、白い息が消えていく。
「今日は寒いわね。手袋忘れちゃったわ」
かじかんだ手を温めるように、柚香は自分の息を吹きかけた。
「相変わらずおっちょこちょいだな」
白い息の向こう側で、笑顔が弾けた。
「何か用事だった?」
部屋の前で立ち止まった柚香が尋ねる。
「いや。大した用じゃないんだが…」
手にしたそれを差し出した。
「――花を、貰ったんでな」
小さな鉢に植えられたクロッカス。
「――それ、私に?」
ああ、と頷く。
差し出したそれにはリボンが綺麗にかけられており、贈り物であったことは明白だ。
「私が貰っちゃっていいものなの――?」
疑問に思うのも当然だろう。
「懐かしい、昔なじみに会ってな」
幼なじみたちの、幸せそうな姿が思い浮かんだ。
「――そう、なの?」
「ああ、20年ぶりだったよ。元気でな、花屋をやっていた」
ふうん、良かったねと微笑んだ柚香は、持っていた袋を覗き込んだ。
「あ、クロッカスだ」
笑顔が綻ぶ。
「ここなら枯れないだろうと思ったんだが。迷惑だったか?」
「まさか。好きよ、この花。もうすぐ春がやってくるのを告げているみたいじゃない?」
嬉しそうに見上げた柚香と、正面で目が合った。
その顔から笑みが消える。
じっと見つめられ、少しばかり動揺した。
「――体調、悪いわね?」
「いや?」
真顔で否定したが。
「うそ」
柚香の手が有無を言わせず、額に触れた。
ひやりとして気持ちいい。
(ああ、本当に今夜は冷えるんだな)
ぽやんとそんなことを考えた事自体がおかしい、と普段ならば当然気付いたはずだ。
柚香は顎を引き、上目遣いに俺を睨んだ。
「39度近くあるじゃないのっ」
言われて驚いたが、莫迦な事を―と言いかけて、くらりと眩暈を覚える。
(何?)
目を瞬(しばたた)き、頭を振ってみるが、眩暈はおさまらなかった。
「ほら。ごらんなさい」
柚香の声が揺れ、床がぐらりとした。
「志郎っ!」
意図せずして、柚香に覆い被さった。こういう時、彼女の長身はありがたい。
「志郎〜〜っ!」
目を閉じると、腕の中からくぐもった声が聞こえた。
気分が悪いのと、何だかほやほやとしたのとがごっちゃになって、笑んだように思う。