咲く場所
− 双翼 −

 薔子の質問の意図はすぐにわかった。
 現在、ふたりの接点はひとつしかない。

 地球は数年にわたり、遊星爆弾による攻撃を受け続けているが、人類はそれに対して有効な手段を講ずることができないままに、滅亡へのカウントダウンが始まってしまった。
 そして、ついに地球脱出作戦−箱舟計画−が遂行されるに至り、薔子はその一員として選出されたのだ。真田はこの計画に企画・立案から関わっていた。

 深窓のお嬢さんだとばかり思っていたのだが、と真田は薔子への印象を新たにする。
 質問への回答を用意することは難しいことではなかった。だが、この質問をぶつける相手として、薔子が真田を選んだことには小さな驚きを覚えていた。
 当然の事ながら、その性質上、この計画は極秘裡に進められている。選ばれた本人といえども他のメンバーについての情報はごく限られた範囲でしか与えられていない。表向き、真田はこの箱舟計画の中の一技術者にしか過ぎないのだ。
 この状況で真田に辿り着いたのは偶然か。
 真田は、初めて薔子個人に興味を持った。

 薔子は真っ直ぐに真田を見つめたまま、返答を待った。その視線の真剣さに、質問をはぐらかせることをやめ、単刀直入に切り返した。
「貴女は、何を知りたいのですか」
 薔子は気持ちを落ち着けようとしたのか、まず、マティーニで紅いくちびるを湿らせた。

「わたくしは、自分がこの時代に必要とされているとは思えません。わたくし自身では何ひとつ生み出すことができない人間なのですから。
 貴方あなたのような天才的な頭脳も、特殊な技能も持ち合わせておりません。
 目の前に怪我人がいたとしても、応急処置ひとつできないのです。
 いえ。他人様のお世話どころか、自分自身の始末でさえできませんわ。もし仮に、ひとりで道端へ放り出されたとしたならば、わたくしには、明日口にする食べ物ひとつ手にするすべがございません。

 そんなわたくしが何故選ばれたのでしょう。まさか、南部の娘だからという理由ではございませんわね?」

 己れが属する社会とこの計画に対する薔子の認識を、真田は理解した。
 だから貴女が選ばれたのだ、と。
 むろん、“南部重工”という肩書きは大きい。だが、同じ理由を持つ人間ならば、世に数多存在している。
 突き刺さすような薔子の視線を受けて、真田は手にしたグラスを傾けた。
ゆらり、とオリーブの実が揺れた。

「『カクテルの帝王』と呼ばれるこの酒の歴史は古い。世にいかに多くの酒があろうと、これほど数多くの逸話を持つ酒は、そうあるものではない。
 古くはスイートベルモットを用いた甘口の酒だったそうだが、それがいつの頃からか、ドライベルモットを用いた辛口へと変わった。
 栄養学的に必要不可欠な食物ではなく、アルコール摂取だけが目的でもない。そして、こんな時代になっても、こうしてグラスの中にオリーブが飾られている。たとえ、その多くがまがい物だとしてもだ。
 数多の時代を経、なおここに存在し続けているものを、貴女はただの装飾品だと?」

「確かに、このオリーブは時代を超えて愛されてきたものでしょう。ですが、これからの時代にそれが必要ですの?
 オリーブの実よりも、明日の、いえ今日こんにちの糧となる物が必要とされているのではございませんか?」

 薔子がこれほどに危機感を持ち得ることに、真田は興味を持った。
 薔子はこの地下都市の中では、最上級といえる生活をしているはずである。本人が言うように、自分では何の労力も掛けずに用意されたものを食し、服を選び、不便を感じないほどにはエネルギーを消費し、庶民といわれる人間の何倍もの贅沢の中で生活しているはずだ。その気になれば危機になど気付かずに生活することも可能だろう。
 だが、薔子は気付いた。

inserted by FC2 system