星下之宴

#3

 ジ、ジジッ、と雑音が大きい。

「茉莉」
 古代守の声が低く響く。
「道行きの相手が俺なんかで悪かったな」
 少しばかりの間があり。
「どういう意味だ?」
 茉莉花が応える。
「――アイツ。真田じゃなくてすまん、と言っているんだ」
 更に沈黙があり。
「お前。ずっとそんな風に思っていたのか?」
 笑いを含んだ茉莉花の声に、雑音が混じる。
「――違うのか? 俺はてっきり…」
 くくく、と本当に茉莉花の笑い声が聞こえた。
「あの男は、アタシには背負いきれない。(はた)で見ているだけで結構だ。――お前こそ、ここにいるのが恋女房じゃなくて悪かったな」
「そのテの冗談は嫌いだと、俺は言ったはずだ」
 くっくっと複数の忍び笑いが雑音に混じる。
「まあ、長い道中、幕之内のメシがないのが辛いところだが、地獄への道行きもお前と一緒なら退屈しないですむだろうさ。操舵はあたしに任せて、お前はちゃんと――」
 ジジ、ジ、ジジッという雑音に紛れて終いまでは聞きとれなかった。

 宙港の先に広がる碧い海を眼下に敷き、英雄の丘に一筋の風が吹きわたる。
 戦友の墓前に、真田と幕之内が佇む。
 手には、小さなヴォイスレコーダーがあった。

 イスカンダルへの最初の旅の途中、ヤマトはタイタンで戦艦「ゆきかぜ」と再会した。
 だが、そこに戦友の姿はなかった。
 14万8千キロの旅の果てに、戦友のひとりとは相対することができたが、その友ともまた、時の流れの中で永久の別れを告げた。
 幾度もの戦いの後、地球は青さを取り戻し、かつての栄光と更なる繁栄を遂げた頃。タイタンに眠る「ゆきかぜ」はひっそりと解体された。再利用できるものは資材として扱われ、遺品として残ったものは遺族の許へと送られた。このヴォイスレコーダーは軍の資料室の奥底に収蔵されていたものだ。

 紫煙が一筋、ゆるやかに空へと昇る。
 墓前には一升瓶が供えられていた。
 幕之内は小さな器を、酒の隣りに置いた。
「鳥に喰われちまうから、少しだけだがな」
「お前の作った豆腐が何よりの好物だったからな」
 二人揃って手を合わせた。
「しかし、まあ。ヤツらは最期まで漫才をやらかしてたんだな」
 フッと真田が笑った。
「今頃、続きをやっているだろうさ。何処にいようと退屈しちゃいまい」
「――それもそうだ」

 ゆるやかに空へと昇っていた紫煙が、いつしか霧散する。
「明日から出張だったな?」
「ああ。一月ほど火星で、新人しごきだ」
「今回の火星演習の総司令は、確か――」
「あのオヤジの人使いの荒さは、他にねえぞ」
 げっそりとした幕之内を見て、真田が笑う。
「司令には旨い酒を持っていけば、それでご機嫌だろうが。――まぁ、新人達には旨い飯を作ってやるんだな。もっとも、お前という料理長がいたことに感謝できるのは何年も先のことだろうがな」
「別に感謝なんぞせんでもいい。それよりも、さっさと一人前になってもらいたいもんだ」
 二人顔を見合わせて笑った。

 同じ惑星(ほし)の同じ軍という組織に属しながらも、こうして友人二人が顔を合わせる機会は少ない。だが、その志と見つめる未来(さき)には、寸分の狂いもなかった。

「気をつけろよ」
「お前こそ。ちゃんと飯を食えよ」
 丘の上で、ふたりは背を向ける。

 梅雨明けの空は蒼い。
 今夜は、満天の星空が広がるだろう。

fin.
09 JUL 2010 ポトス拝
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