星下之宴

「神在、お前、来週からの実習は幕と一緒だそうだな」
「ああ。遠距離の航行には、旨い料理が不可欠だ」
 真田の問いに茉莉花が答えた。そりゃそうだ、と古代が相槌を打つ。
 だがな。
 真田の目が光った。
「最近、おかしな事故を耳にする。何かあるのかもしれん。気を抜くなよ、神在」
「謎の敵の出現、ってヤツか?」
 古代の声が低くなった。
「あの隕石は自然現象じゃないってことだな?」
 茉莉花の声もまた、低くなる。真田は小さく頷いた。
 日本は未だ被害がないが、最近、各国の艦が消息を絶ったり、小さくはあるものの予測しなかった隕石が突然出現し、地上に落ちて大きな被害が出たりしている。
「――まだ」
 真田は一度言葉を呑み込む。
 数秒後。
「まだ、証拠が出揃ったわけではない。だが、今までとは違うことは確かだ。十分に気をつけろ」
 ぞくり、とふたりの背中を何かが駆け抜ける。

 地球政府は、この惑星が狙われていることを未だ知らなかった。外宇宙へと手を伸ばし始めた人類が、大きな力にその行く手を遮られることになるとは、まだ誰も予想もしなかった頃。
 宇宙へ出ることは、必ずしも敵と戦うことを意味しなかった。
 まずは己れや自然との闘いであったのだ。

「遅くなって済まなかったな。ちと、量が増えたもんでなぁ」
 呆れ返ったため息とともに、友人の声が降ってきた。つまみを揃えた幕之内が立っている。
「――こんな処で呑まれたんじゃ、下級生への示しがつかんだろうが」
 その横に、笑いもせずに訓練学校の教官がいた。
「先生。いらっしゃい」
 茉莉花のクラスの担当教官だ。ちなみに酒好きで有名である。
「俺たちに黙って呑もうってか?」
 飛行科の連中が、ぞろぞろと顔を出した。
「古代くん、お帰りなさい」
 女子寮からも古代の姿を見つけた目敏い数人がやってきている。
 そこここに勝手に座り、呑み始めた。

 小一時間もした頃。
 ふと気付いた茉莉花は、笑みを昇らせた。

 輪の中心には、やはり古代がいた。

 呑み、語り、騒ぎ。
 こうして“生徒”でいられるのも残り僅かであることは、誰もが自覚していた。
 戦場へ行くことになれば、生きて帰れる保証はどこにもない。
 こうして相見(あいまみ)え、酒を酌み交わすのはこれで最後かも知れない。
 その緊張感と表裏である信頼に支えられ。
 みな、呑み、語り、騒ぐ。

 いい仲間だ。
 最後の一口を、茉莉花は静かに飲み干した。

「あたしはそろそろ寝るよ」
 立ち上がった時には背を向けていた。その背を古代の声が追いかける。
「茉莉」
 振り返った。
「“その時”までに、腕を磨いておけよ。いいな?」
 少し目を伏せた茉莉が、ふふと笑い。
「了解した」
 背を向けて歩き出した。

 月はなかった。
 広がる夜空には、満天の星が輝いていた。

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