星下之宴

 呑み始めて小一時間。
 差しつ差されつといえばなかなかいい雰囲気になっていそうだが、一升瓶はすでに半分近くが空になっている。
「おい、真田はどうしたんだ? あいつ、艦隊実習からは先週のうちに戻ってきているはずだろう?」
「野郎の予定なんぞ、俺が知るものか。どうせまだ研究室だろ」
 つまらなさそうに答える古代をちらと見、茉莉花はくすりと笑った。
「“御神酒徳利”の片割れに、やけに冷たいじゃないか。通い詰めて口説き落とした“恋女房”だろう? 今更捨てて逃げ出す気か?」
 ぴくり、と古代の動きが止まった。
「茉莉。俺はそのテの冗談は好きじゃない」
 ぷふ、と茉莉花が含んだように笑う。
「知っている。お前とは長い付き合いだからな。冗談なぞ言うものか。――本気だ」
「――。それ以上言うと、女だろうと殴るぞ」
 低い声が流れたが茉莉花は気にする様子もない。
「お。久しぶりに一戦交えるか? 受けて立つぞ」
 嬉しそうに一升瓶を持ち上げた。その様子に古代は呆れつつも、湯飲みを差し出す。こぽこぽと静かに酒が注がれる。溢れる直前、ぴたりと止まった。
「ったく。片手で一升瓶から酒を注ぐ女なんぞ、おまえくらいなもんだぜ」
 茉莉花が、ふっと笑う。
「バカを言え。あたしなんか物の数に入るか。先輩方は偉大だ」
 ぞっと背筋を寒いものが駆け抜けたような気がして、古代はプルプルと頭を振った。
 戦闘科一の腕っ節である古代と一戦交えようなどと物騒なことを平気で言う女は、他にはいない。幕之内が優勝杯を掠い続けているのと同様、女子のそれは茉莉花の手にある。前代未聞、とまでは言わないものの十分に“怪物”な女である。

「――逃げるなよ、古代」
 キラリと薄茶の瞳を光らせた茉莉を、古代が怪訝そうに見やった。
 ぐい、と酒を流し込む。
「あれは“本物”だ」
 にやりと笑った。
「――そのテの話は嫌いだと言っただろうが」
 古代もまた、ぐいと呑んだ。
「古代。誤魔化すんじゃないよ」
「――」
「あたしみたいに“努力”で補っているわけじゃない。あれは何かを変える力を持った本物だ」
「――だからどうしたと言うんだ」
 古代は茉莉花を見ようとしなかった。
「あいつは。――真田は自分自身を恐れている。どこまで行ってしまうかわからない、その才能をな。だから、歯止めを欲しているのさ。“引き金”を託せる人間をな」
 沈黙が流れた。

「――どうして俺なんだ?」
 古代が呟く。
「最初にコナをかけたのは、お前の方だろうが」
 茉莉花が笑う。
「――茶化すなよ」
「別に茶化しちゃいないさ」
 ()げ、とばかりに茉莉花がコップを差し出した。
「お前になら、この命預けてもいい。――あたしだって、そう思うんだ。真田にしたって、この4年間の末の結論だろう。今更、理由の説明が必要か?」

「いつか、俺たちの艦でこの世界の果てまで行こうぜ」
 いつ頃からだったか、古代はそう言っていた。
 己れがこれと見込んだ男を口説く。
 女は――茉莉花が例外だった。――茉莉花を女だとは思っていないからだ。
 己れの艦を持ち、信頼できる仲間を集め、この星の海をどこまでも――!

 古代が研究室に篭もる真田を口説きに通うようになると、当然のように仲間の耳目をひいた。結果、真田がこの古代の思惑に乗ったのかどうかはわからないが、意外にウマがあったらしく、急速にふたりの仲は深まった。――余計な噂が飛ぶほどに、だ。古代はその噂を嫌ったが、感情をあまり表に現さない真田は、その真意はわからないにしても結果として聞き流していた。

 そうして古代達はあと半年で卒業を迎える。
 古代の言う「いつか」が、夢物語で終わるのか、現実となるのか。その第一歩が試されている。
「お前が艦長になった時は、その艦の操舵をあたしが握ってやる。星の海の果てまでもな、連れていってやるさ。それだけの腕を磨いておく。だから、な、古代。――逃げるなよ」

「誰が逃げ出すかよ。勝手なことを言ってんじゃねえよ」
 古代が、言う。
「言ったな?」
 にやり、と茉莉花が笑う。
「言ったとも」
 古代が鼻息荒く返答する。その様子に茉莉花はくすりと笑んだ。
「なら、今頃になってびびってんじゃないよ」

「誰がびびってるって?」
 声の主は、総合宇宙工学研究室の(ぬし)、真田志郎である。
「お。神在。お前、いい酒呑んでるじゃないか」
 嬉しそうに真田が座り込んだ。
「お前、他人の酒を呑みに来るのに手ぶらか?」
 古代の言葉に、ブッと茉莉花が吹き出した。真田にも通じたらしい。
「今、幕がつまみを持ってくるさ」
 くっくっと笑う真田が言った。

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