桜咲く日に

時を駆けるお題よりー武士の時代no.03「願わくば花の下にて」
宇宙戦艦ヤマトの二次小説です。
時代はイスカンダル後の地上、最初の春。
オリキャラが登場します。
written by pothos
桜一輪

 静寂が辺りを包んでいた。
 人気のない朝靄の中、そこだけがほんのりと淡紅色に染まっている。

 隣接する連邦図書館と科学局とを隔てるように、桜が植えられていた。
 柚香はその樹を見上げている。
 地下都市から地上へと戻った最初の春に、年若いこの樹は少ないながらも精一杯に花を咲かせた。一両日中に満開となるだろう。ここ数日、昼も夜も桜を見に訪れる者が絶えない。早朝だけが、この樹を静けさが包むことができ得た。

  「そこでキミは何をしている?」
 誰何(すいか)とも受け取れる声音だったが、振り返らずともそれが誰なのかはわかる。

 柚香――と呼ばれれば、その名を返す。
 瀬戸くん――と呼ばれたなら、その職名を返した。

 キミと呼ばれた私は、貴方を何と呼べばいい?

 柚香はゆっくりと振り返った。
 春匂う朝靄の中、その(ひと)はそこにいた。

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 「あと少しね」
 振り返って(みなと)を見上げ、私は言った。
 まだ早い春の日に、ヤマザクラがその蕾を膨らませていたから。
「ここの桜はこの里で一番に咲くんだよ」
 あなたの声は低く優しい。いつでも、いつまでも聞いていたいと思う。
「このヤマザクラが咲いて、それからソメイヨシノが満開になる頃には、私はあなたのお嫁さんね?」
「ああ、そうだ」
 16歳の私をあなたの腕が包み込む。
「毎年、一緒に花見に来ような」
 あなたの胸はとてもあたたかく、私の胸は幸せでいっぱいだった。

 ソメイヨシノがその枝に零れるほどの花をつけたあの日、私は初恋を実らせ、あなたの腕に飛び込んだ。少しでも傍にいたくて、少しでも一緒にいたくて。
 あなたのいるあの里が、私の終の棲家になるのだと信じて疑わなかった。
 まさか。
 たった4年で消えてしまうなんて――。

 ましてや、また恋をする日が来ようとは夢にも思わなかった――。

窓から桜が見えるイラスト
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